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<めざせ語学マスター>KJ法とヴィゴツキー

2021年11月9日

今回の日本語教育能力検定試験には、アクティブラーニングの土台となる学説として、ヴィゴツキーの最近接発達領域(ZPT)が出てきました。さらにアクティブラーニングの実現方法の一つとして、プロジェクト学習が挙げられていました。学習者の能動的な学習を導く方法としてKJ法やジグソー法も挙げられています。

「あれ?KJ法が出てる!」

先日のチャンク同様(「チャンクとは?」)、まさか日本語検定でこの言葉が出るなんて驚きました。

私が体験したKJ法はブレインストーミングの方法で、グループごとに集まり、全員が決められた時間の中、とにかくポストイットにたくさんアイデアを書いて提出し合い、その後司会者とメンバーがそれらポストイットをまとめたり、発表する問題や解決方法を整理するために使う方法でした。私はこれを子供の小学校のPTAで参加することになった区の家庭教育推進員事業で経験しました。これは各区立小学校から2名~4名の家庭教育推進員(だいたいお母さんたち)が集まって「どうやったらAI時代を生きる子供を育てられるか」とか「町のコミュニティ問題」などを話し合って発表したりする学習の場です。その協働作業の一つとして行われたのがKJ法でしたが、意外な人が「こんなこと考えていたんだー」と感じられる、結構面白い体験でした。

ちなみにこのKJ法。その名前は日本の文化人類学者、川喜田二郎氏(KAWAKITA Jiro)(1920年- 2009年)のイニシャルからきています。

ではどうしてKJ法が一昔前のソビエト連邦の心理学者、ヴィゴツキー(1896年 – 1934年)につながるのでしょうか。


(ヴィゴツキーの写真:wikipedia)

彼は1936年に38歳で結核により亡くなっていますが、その短い人生の間に行った研究で、ロシアだけでなく世界の心理学に影響を与えました。芸術心理学、教育心理学を研究し、心理学と教育、哲学を教育実践、特に障害児教育に結び付けました。執筆した論文は、『行動心理学の問題としての意識(1925)』、『教育心理学(1926)』、『心理学の危機の歴史的意味(1927)』「子どもの文化的発達の問題(1928)」『児童期における随意的注意の発達(1929)『障害児のための発達診断および育児相談(1931)』、『高次精神機能の発達史(1931)』、ピアジェの『児童の言語と思考』のロシア語訳版(1931)編集、没後に『思考と言語(1934)』など数多く、芸術から哲学、歴史とその幅広い知識から、「心理学のベートーベン」や「心理学のモーツアルト」などと呼ばれたそうです。。

ヴィゴツキーの専門は発達心理学でした。彼は人間の心を理解するにはその起源を理解する必要がある、として幼児や子供の言語習得の発達を研究しました。子供の発達を研究した有名な学者としてスイスの心理学者、ジャン・ピアジェ(1896年– 1980年)もいます。ピアジェは「発達」を学び方の質的変化であり、学習者自身が学習対象を能動的に学び、知識を構成する、としていました。ヴィゴツキーはそんなピアジェを大きく評価したり、次期によっては批判したりしています。(ともに1896年生まれなので同世代の学者だったんですね。)

(ジャン・ピアジェ:Wikipedia)

ピアジェは構成主義(constructivism)として知られているのに対して、ヴィゴツキーは社会的構成主義(social constructivist)の学者として有名です。ピアジェは人間は発達に応じて能動的に、一人でも問題解決をしていける、とするのに対して、ヴィゴツキーは「人は、人やものに囲まれ、互いに影響を与えながら学んでいる。人の学びは、周囲のものや人が行動のリソースになって生じ、個人の頭の中だけで起こるのではない。学習は個人個人の中で起きるのではなく、周囲の環境とのかかわりの中で起こる」としました。

子どもの独力による問題解決の発達水準と、大人や自分より能力の高い仲間と協働で行う問題解決で見られる潜在的な発達水準との間隔を「発達の最近接領域(зона ближайшего развития、 (the zone of proximal development:ZPD)」と呼び、他者の媒介(mediation)を得て、この領域を内化することで発達が進むと考えました。このような考え方は状況論的学習論(situated learning)と呼ばれています。

「しかしなぜ今ヴィゴツキー?」

しかし、ピアジェの方が長生きしているし、日本語教育検定試験に出てくる理論はチョムスキー(1928年~今も現役)以降は結構新しい理論が多いのに、1934年に亡くなっているヴィゴツキーの理論がなぜ今話題になるのでしょうか。

日本では以前から「教師から生徒へ」という一方通行の教育がなされていましたが、1960年あたりから、この教師中心の一斉教育が果たして本当に学習者たちの発達に適しているのかが問題になってきました。教師中心の学習環境は「指示待ち人間」を増やしてしまったという反省から、学習者中心の学習環境の必要性が高まってきました。

また、学習心理学の面からも、行動主義・認知主義(「チョムスキー・ナウ(Chomsky, Now)!」参照)が、学習を個人の中で起こる客観的なものと考えているのに対して、学習は学習者自身が知識を構築していくと考える構成主義が注目されるようになっていました。構成主義では、知識とは誰かによって形成されるのではなく、体験と通して自分で作り上げていかなければなりません。

中でも、知識は状況に依存しており、学習は共同体の中で相互作用を通じて行われる、学習とは常に他の学習者との関わりあいの中で行われる共同体的な営みであると考える、ヴィゴツキーの状況論的考え方は時代的にも見直されることになりました。

現在、ピア・ラーニングやピア・リーディングのような協働学習では、学習者が自らの能力を使って自発的に学習に参加することを目指しています。プロジェクト学習や、KJ法も学習者が能動的に参加する方法の一つとして使われています。

日本語学習においては、作文学習活動でのピア・ラーニングがあります。学習者同士が互いの作文プロセスを共有することで、書き手と読み手の相互理解を基に文章を書いていくものです。

でも・・・

正直、私が外国語の学習者だったら「先生に教えてもらいたい。」と思うかもしれません。お互いが母語話者じゃなく、なんとなく通じるけれど、100%正解じゃないし、「なんか・・・間違っている気がするけれど、でも合ってるかも・・」という学習方法にはちょっとモヤモヤ感をもってしまいそうです。ピア・ラーニングそのものには反対ではありませんが、すべてがそれで解決されるわけではない気がします。

英語版のWikipedia によると、ヴィゴツキーの概念はソ連では有名でも、1920年代に英語で本が出版されたあとも、それほど有名ではなかったようです。1978年以降、ヴィゴツキーの理論がアメリカで部分的に紹介されてから、アメリカ合衆国の社会文化人類学者や心理学者がその考え方を支持してブームが訪れました。また、1980年代になって構成主義発達心理学やピアジェの教育論が下火になったことも彼の社会的構成主義が注目された原因でもあったようです。時代がヴィゴツキーに追いついた、あるいは、最近のアメリカの心理学者がヴィゴツキーの考え方のいいとこどりをしている、というところなのかもしれません。

当人のヴィゴツキーも、将来自分のことがポストイットの試行整理術(KJ法)と一緒に試験に出ているとは想像もしていなかったでしょうね。(鍋)

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