<ある通訳の日誌>(仏語通訳の)ウソみたいなホントの話

2022年7月20日

ウソみたいなホントの話
① -高崎市内の或る額縁屋でー

私は26歳で日本を出て、帰国したのは50歳のころでした。24年間の異国暮らしだったわけです。

50歳で日本へ帰国し定着しました。それも故郷高崎です。東京の知人がODA関係の通訳会社を始めたので、そこへフリーランスの資格で参加し、フランス語の通訳稼業を始めました。
その会社では、フリーランスとはいえ、その会社名義でODA案件の海外出張をしますから、その会社の名詞を持ちます。

その場合、名刺には [○○通訳エージェント フランス語通訳 橋爪雅彦]

一方、通訳エージェントから依頼を受けた通訳業務の他に、フリーランスですから、適当な複数の会社からの通訳の依頼もあり、私自身、私用の名刺を持ちました。

その場合、名刺には [仏語通訳 橋爪雅彦]。

フランス滞在時代に購入した古い版画があり、それを額縁に入れようと思い立ち、高崎市内の額縁屋を訪ねました。
古い版画とともに、私は自分の名刺「仏語通訳 橋爪雅彦」も差出しました。

この名刺を額縁屋の老いた主はしげしげと眺め、
「いやあ、橋爪さん、仏(ほとけ)の言葉を通訳するのですか。つまり霊界にいる死者たちと通信が出来るわけですね。霊界通信!こりゃあ驚きです。でも無理なことじゃあないです。橋爪さんの所はお寺ですからね。」

故郷の額縁屋ですから、私の家のことはよく承知しています。それに私自身も19歳の時点で、正式に坊主の資格(住職資格)を取得していますし、実際、頭を丸め、故郷高崎市内で僧服姿のままあちこち檀家廻りもしていましたし、そういう姿を額縁屋の主も知っていましたから、額縁屋の主がそういうのも無理ありません。

私は彼の言葉に驚き、
「いいえ、仏(ほとけ)の言葉ではなく、フランス語の通訳です。」

「えっ!」と今度は額縁屋が驚きます。
私もあわてて「私も故郷を離れ、長い間フランスとアルジェリアにいましてね。日本へこの間戻ってきて通訳稼業を始めたところなのです」。

額縁屋は私の顔を眺め、
「ははあ、そういうわけですか。こりゃあ、とんだ誤解だったのですね。それにしてもどうして坊主を止め、フランス語の通訳などする気になったのですか?」
私は「いろいろな事情でね。」とお茶を濁しておきました。

それからしばらくよもやま話をして額縁屋を去りました。仏語通訳=仏(ほとけ)の言葉の通訳=霊界通信とは恐れ入った誤解でした。それ以来、自分用の名刺には仏語通訳と書くのは止めました。カタカナを使いフランス語通訳と書くようになりました。

② Mフランス社での出来事
―仏文学部仏文学科―

26歳で日本を立ち、フランスには丸9年間滞在しました。9年目の滞在のころ、Mフランス社(日本のM商事のフランス支社)が、アルジェリアのアルジェ駐在員事務所で業務を担当する人間を募集していました。それに応募し、50人ほどの応募者の中から私が偶然選ばれました。丁度、アルジェ駐在員事務所の所長がパリのMフランス社へ来ていて、私を面接しました。

アルジェの所長は50歳がらみの渋い面貌の人物で、私を目の前にみて、
「橋爪君か。君はパリでフランス語の勉強を相当やっていたみたいだね。ううんと君の履歴書には、仏文学部仏文学科と書いてあるが….」とそこまで言うと、お付きの課長が隣からあわてて口を出して、
「所長、所長、違いますよ。仏教学部仏教学科ですよ」
所長は「アッ」と声を上げ、「ああそうか、おれの読み間違えか」と言い放ち、
「ところでフランス語の方は流暢のようだけれど、パリで相当やったんだね。」

所長は続けて「仏教学部も仏文学部も同じようなものだ。君、おれと一緒にアルジェ事務所で頑張ってくれたまえ」と言い、豪快な笑いを浮かべて立ち去りました。

仏教学部仏教学科と仏文学部(こういう名称の学部は存在しません)仏文学科も同じようなものだと豪快な笑いを浮かべて立ち去った所長も相当な人物と云わねばなりません。彼とは首都アルジェで3年間、彼が転勤するまで楽しく働くことができました。彼との3年間、所長宅にてよく徹夜でマージャンをして過ごしました。なにしろマージャンが好きな御仁で、私が選ばれたのもこのマージャンのお陰ではないかといぶかったほどです。
彼がアルジェリアを立ち去った後10年間もアルジェで私は楽しく働き続けることができたのも、その基礎を作ってくれたのはこの豪快な所長でした。

13年間のアルジェリア滞在、イスラム原理主義のテロさえなければ、一生、あのままアルジェリアに滞在していただろうと想像します。1995年、イスラム原理主義の嵐が吹きすさぶ中、アルジェ事務所は閉鎖となり、私の楽しいアルジェリア生活も終止符を打つことになり、日本へ戻ることになりました。

その所長の言動の中で忘れられない言葉があります。
「橋爪君、君は群馬県の出身だったね。群馬の田舎に鬼石(おにし)という地名の村があるが、そこはね、どこへ行っても美人ばかりなんだ。品性もいいんだ。どうしてこんなに美人が多いんだろうと自分でも考えてみたが、よくわからない。が、ある人が言うには、平家の落人部落で、平家の血筋をひいているからじゃあないかと」。
私は、
「それは初耳です。鬼石という部落は知っていますが….」
彼は、まじめな顔で、
「実は、俺の女房、この鬼石の出身なんだ。」と臆面もなく言い放ちました。

―終わりー

フランス語通訳 橋爪さんの他のブログも是非ご覧ください。

橋爪さんの旅ブログはこちら↓

2020年12月23日マダガスカル④~マダガスカル風景~
2020年11月27日 マダガスカル③~2009年のマダガスカル政治危機
2020年11月26日 マダガスカル②
2020年11月17日 マダガスカル
2020年10月27日エチオピア
2020年10月15日 ジブチ②
2020年10月9日 ジブチ
2020年 8月25日 フランスのミヨー大橋
2020年 8月11日 碓氷峠とアプト式鉄道
2020年 6月8日 月夜野にて
2018年 6月8日 童謡「ふるさと」の故郷
2018年 4月18日 セネガル☆アフリカ再生記念碑
2018年 4月9日 セネガル☆ゴレ島にて
2016年 5月12日 ギニアだより☆VOL.3

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