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<MemoQマニュアル>翻訳メモリを作りましょう。

2022年2月9日

翻訳メモリとはなんでしょう。
以前のブログ、「翻訳プロジェクトの作成方法」でお伝えした、プロジェクト作成に必要な3つのバケツを思い出してください。

一つは翻訳する原稿。
一つは翻訳メモリ(Translation Memory, TMとも呼ばれます。)。
一つは用語ベース、タームベースとも言いますが、用語集のことです。

翻訳メモリとは、過去に翻訳した文、段落、分節のテキストを保存するデータベースです。
最初にゼロから翻訳をスタートさせるとき、翻訳メモリの容器はカラです。
でも、翻訳をしながら各文節を「確定(Control+Enter)」を押すことで新しい対訳データは翻訳メモリに入っていきます。

でも、本当に今まで似たような原稿、ありませんでしたか?

「そういえば、2年前に同じような翻訳やってた!」

そんな時、翻訳メモリがあったらな、と思うかもしれませんね。
原文と翻訳文、両方あるのに、どっちもワード文書、ということは良くあります。
「翻訳メモリにするのってできないのかな?」


答えは・・・

はい、翻訳メモリは作れます!

でもちょっと手間がかかります。
今回はそんな翻訳メモリの作り方について説明します。

MemoQ ではライブ文書という機能を使って作成することが出来ます。これはTRADOSなどではアライメントと呼ばれる機能と同じです。

ただしワードやエクセルでも翻訳メモリは作れますし、人によってはライブ文書などを頼らずワードで作ったほうが早い、という人もいます。

それではまずはMemoQのライブ文書を使って、日本語と英語のメモリを作ってみましょう。

日本語―英語の翻訳メモリを作ります。

今回はフランシールホームページの「通訳のご依頼の流れ」を例にします。

翻訳メモリを作りたいプロジェクトを開いたら、ライブ文書を開き、「新規作成」を押してここでは「ライブ文書」のバケツ(容器)を用意します。
整合ペアの追加を選びます。

次の画面がでます。

ソース文書を追加します。

(この時、ソース文書(ワードなど)が開いているとエラーがでます。必ずファイルを一度閉じてから作業しましょう。)

ターゲット文書を追加


ファイル名がバラバラだと、下の図のように、「リンクの種類」が真ん中で合いませんが、強制的に整合させることも可能です。その場合はそのまま下部にある「自動制御文書」を押してください。

これでひとまず二つの言語が対になりました。しかしまだ完成ではありません。

先ほどの「整合ペアを追加」の上にある「表示/編集」を開きます。

見るとわかるように、二つの言語は右左で対にはなっていますが、文節の切れ方は正しくありません。ここから地道にセルを分割したり、結合したりして整合ペアが正しくなるように修正していきます。

この位置でセルを結合、分割させたい、という点で右クリックすると選択肢が出てきます。かなり地道な作業になりますが、良い翻訳メモリを作ろうと思ったら集中して頑張りましょう。

全て右と左がそろったら整合の実施をします。

右と左が全て緑の線で繋がったら、完成です。翻訳メモリにエキスポートすればこれら文書は翻訳メモリになります。

お疲れ様でした。

ライブ文書は便利ですが、整合作業はかなり地道で時間のかかる作業です。やっぱり普段から翻訳メモリを使って仕事していればラクだったな・・と思うこともあります。

AI翻訳などで使う対訳コーパスも作り方は同じです。これもライブ文書でも、ワードやエクセルでも作成可能です。

次回はワードで作る方法をお伝えします

ちなみに、弊社ではコーパスや翻訳メモリ作成業務も承りますので、ご相談になりたい方は、こちらにお問い合わせください。対象はデータではないハードコピーや図書でも可能です。また、日本語ー英語でなく他の言語ペアでもお受けいたしますのでお気軽に相談ください。

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CATツール:翻訳メモリとは
各画面の説明(DESKTOP版とWEB版)
翻訳プロジェクトの作成方法
統計の使い方
翻訳中の文書から用語集を登録する

<MemoQマニュアル>翻訳中の文書から用語集を登録する

2022年2月3日

今回はMemoQで翻訳中の原稿や翻訳が終了したファイルから用語集(タームベース)を登録する方法を説明します。

MemoQでは、オンラインプロジェクトを開くときに以下のように「プロジェクトをチェックアウト」するか「WebTransで文書を開く」かを選ばなければなりません。

もしデスクトップ版のMemoQをお持ちの場合はチェックアウト(自分のローカルにプロジェクトを同期するようなイメージ)すれば、お持ちのPC上のMemoQ上で作業できます。

もしあなたが翻訳者でデスクトップ版のMemoQをお持ちでなければ、WebTrans(ブラウザ上での翻訳)を選ばなければなりません。またWebTransの表示は英語だけになり、ボタンも少し違って見えます。

以下は、WebTrans版での用語集登録の仕方です。下はWebTrans版の表示画面です。

用語集に追加していきたい語があったら、原稿の中から当該語を選び、ソースとターゲットの列からそれぞれControl を押しながら選びます。(選んだ用語に色がつきます。)


その後、右上に緑の丸がついたボタン、「Create term base entry 」を押します。。

すると下のような画面が表示されます。

OKを押してください。これで用語集に追加されました。

デスクトップ版も説明しておきます。

「プロジェクトをチェックアウト」を選ぶと下のような画面が開きます。

上記と同様に選択した単語をソースとターゲットからそれぞれControl を押しながら選びます。(選んだ用語に色がつきます。)すると下の画面が開きます。

あとは同じです(下部に表示される「OK」を押してください)。また、「用語の追加」ボタンのすぐ下にある「用語のクイック追加」を押せば上記の画面の表示をスキップして登録させてしまうことが出来ます。

大事な用語はどんどん登録していきましょう!

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<めざせ語学マスター>ルース・ベネディクトの「菊と刀」

2022年1月31日

先日のサピア=ウォーフの仮説の中に出てきた彼らの師匠、フランツ・ボアズの生徒の一人、ルース・ベネディクトは日本を研究しました。

ルース・ベネディクト(Ruth Fulton Benedict:1887年~1948年)Wikipediaより

ルース・ベネディクトはボアズに師事し、1934年出版の『文化の型』では、あらゆる人間社会の中で現れてくる行動パターンの形成過程を記述し、文化の相対主義を表現しました。その後、1936年(49歳)でコロンビア大学の助教授に昇任。第二次世界大戦がはじまると、アメリカ軍の戦争情報局に召集されました。この時の報告書を基に、戦後の1946年に発表したのが彼女の有名な「菊と刀」です。戦争中で現地(日本)には行けず、彼女は一度も来日せず、文献と日経移民との交流を通じてのみ調査をし本を完成させました。
彼女は1948年にコロンビア大学正教授に任じられましたがその二か月後、1948年に61歳で亡くなりました。

「菊と刀」で述べられた「日本の恥の文化(shame culture)」と「西洋は罪の文化(guilt culture)」の比較や、日本人は「階層制度・秩序」に対する信仰があるとか、「恩」は階層社会の上から下への義務・負債なのでこれを返済しなければならないとする「報恩」の文化、などは、当時から賞賛を受けたり、批判を受けたりしています。

コロナ禍の今、改めて読み直すと、「階層制度・秩序」を重んじるという日本の文化は、ロックダウンなしの自粛でもルールを守るところとか、自粛警察があちこちに現れてそのような「暗黙のルール」を守らない人を凶弾する、など、あちこちでその残像を見ることが出来ます。「お上のいう事に従う」という習慣は日本人の中にひそかに引き継がれていて、コロナ禍のような非常事態に表に浮き出てくるのかもしれません。普段上品だった女性が「あんた、マスクしろ!」と叫んだりする光景は戦争中の日本を彷彿とさせます。戦後70年たって日本人もすっかり変わったと思っていたら、根っこは変わっていなかったのかもしれません。

私が学生時代にフランスに行って驚いたことは学生も抗議デモを呼び掛けたり、しょっちゅうメトロや鉄道などがストで動かなくなったりすることでした。最近でもコロナ禍のワクチン義務化に反対するデモとか、その前は燃料価格の高騰に対する「黄色いベスト運動」がありました。集団で抗議デモをする、というのは日本でも時々ニュースで見ますがやはり他国に比べるととても少ないと思います。外国のデモの激しさに「怖いなー」と思いますが、日本のデモの少なさにも不思議だなと感じます。最近はSNSという手段があるので、そこで世論はある程度計れるのかもしれませんが、それも「匿名性」があるから出来ること。はたからみたら日本人はなんておとなしい国民なんだと思われるかもしれません。

ルース・ベネディクトは日本人を理解するには、まず「分相応に振る舞うこと」という考え方を理解しなければならない、としています。アメリカ人が自由と平等を信じるのと同じように、日本人は秩序と序列に重きをおくと彼女は指摘しました。日本人の序列の意識は、人と人との関係、人と国との関係の全てに通じる重要な概念だ、と。話し方一つとっても、自分より上の立場の人に話すか、下の人に話すかで言い方が異なるし(尊敬語や謙譲語)、お辞儀の深さも違うと説明しています。

確かに現代でも、小学生で先生への敬語を学び、中学校で先輩・後輩を区別するようになり、就職したら上司、部下、客先など、相手により自分の話し方を変えるすべを習得します。会社では「鈴木さんは現在席を外しています。〇〇会社さんから電話があったこと、伝えておきます。」などと電話で受け答えすると上司から「同じ会社の人は鈴木だけでいい。サンはいらない。」と指摘されるなど、ウチとソトの区別は複雑です。発言するだけで上下関係を作らざるを得ないのが日本語です。サムライが無口だったのは、下手にしゃべって自分の立ち位置を間違うことを恐れていたからなのかもしれません。

日本に行かずにこれだけの情報を収集した彼女はすごいとしか言いようがありませんが、私は日本人の秩序とか義理、などの話のほかに、日本の家庭についての詳細な説明が面白くて仕方ないです。例えば

“Young wives whose husbands have died are called “cold-rice relatives”, meaning that they eat rice when it is cold, and have to do what all of the other members of the family tell them to.” (若い夫を亡くした妻は、「冷や飯食い」と呼ばれます。直訳すると「すでに冷たくなったごはんを食べる」という意味になります。そうした未亡人は、亡き夫の家族のいうことにただ従って生活をしているのです。)(第6章 一万分の一のお返し)
(日本語訳も「菊と刀(縮約版)より」

ルース・ベネディクトは一体どんな人からこれを聞き取ったんでしょうか。

また、こんな説明もあります。最近は核家族が多いので、必ずしも同居していませんが、嫁と姑の問題に歴史は関係ないのかもしれません。

The biggest enemies in the family are the mother-in-law and the daughter-in-law. The daughter-in-law comes into the house as a stranger. She has to learn how the mother likes to do things. In many cases, the mother believes that the young wife is not good enough for her son, but there is a saying that “The hated daughter-in-law gives birth to well-loved grandsons.” Japanese girls today often talk about what a good idea it is to marry a man who is not the first son. (家族の中で最も反目するのは姑と嫁です。嫁は家によそ者として入ってきます。嫁は姑がどのようにすれば喜ぶのかを学ばなくてはなりません。多くの場合、姑は、若い嫁が息子に十分に尽くしていないと思い込みます。日本には、「憎き嫁、かわいい孫を多く産み」という言葉があり、また最近では、若い女性の間では、長男ではない男と結婚することがなんていいことかしらと、語り合っているということです。) (第6章 一万分の一のお返し)
(日本語訳も「菊と刀(縮約版)より」

長男と結婚したくない、と戦争中も思う日本女性がいたんですね。アニメ「鬼滅の刃」で主人公の炭治郎が『俺は長男だから我慢できたけど次男だったら我慢できなかった』というセリフは、日本人のファンの間で支持率が高いようですが、この「長男」と「次男」の違いは、海外で放映されたときもしっかりと理解されたのでしょうか。

家族ではないですが、こんなことも書かれています。

Sleeping is another thing that the Japanese love. They can sleep anywhere, even in places where Westerns think it should be impossible. At the same time, however, they are quick to give up sleep. A student preparing for examinations works night and day, and never thinks that sleeping would help him do better on the test. (寝ることは日本人が愛する(温泉以外の)もう一つの楽しみです。彼らはどこでも睡眠をとります。西欧の人々からみてあり得ないような場所であっても。それでいて、日本人はあっさりと睡眠を諦めます。受験勉強に日夜取り組む学生は、睡眠がテストで良い成績をとるために必要なことであるとは思っているわけではないのです。)(第9章 人の情の領域)

現在も揺れる電車でよく眠る日本人を見ると、今でも似たような感覚を得る外国人はいるんだろうなと思います。それにしても戦争中に調べた「ありえない場所」とはどこだったんでしょうか。

「菊と刀」では、「日本の恥の文化(shame culture)」と「西洋は罪の文化(guilt culture)」が比較されますが、そのしつけの始まりは6歳、7歳から始まるとしています。

Slowly, after children are six or seven, they are given responsibility for “knowing shame”. They know that if they do not do so, something terrible will happen: their own family will turn against them. During the earlier years, they are prepared for this through things like teasing. These early experiences prepare the child to accept great controls on him when he is told that “the world” will laugh at him and reject him. (6歳か7歳になるころ、彼らは「恥を知る」ように、責任を与えられます。子供たちは、その責務を果たさないと、恐ろしいことが起きることを知らされます。家族みんなが向かってくるような、幼少の頃から、彼らはからかわれることによってこうした責務への準備をさせられています。)(第12章 子供は学ぶ)

確かに私自身も母親に「そんな事したらお母さん恥ずかしいわ。」と言われながら育った覚えがあります。「恥」と「罪」が対比するのかどうかはさておき、日本人に恥ずかしがりやが多いとしたら、こういうしつけをされながら育つことで極端な自意識過剰になったり、自己肯定感が持てなくなったりするのと関係があるのかもしれません。ルース・ベネディクトはこのようにして日本人は批判されることへの畏れや仲間外れになることへの恐怖が植え付けられるとしています。同調圧力は外からだけでなく、本人の内側からも作用するのかもしれません。

出版から70年ほどたっていますが、確かに今読んでも納得してしまいそうなところがあります。ちなみにこの題名の「菊と刀」は、日本人は菊を芸術の高みみまでもっていく国民なのに同時に刀や武士をも崇めてしまう、という不思議さを表しています。しかし彼女は、他の国を理解しようとするなら、その国民の習性や物の考え方を知らなければならない、またそれがわかれば理解できる、という観点から日本を研究しました。アメリカの日系人への聞き取りや、夏目漱石や、忠臣蔵などの文献を読み、その性質を知ろうとしたのです。

戦争中の研究をベースにしているとはいえ、文化相対主義という切り口で研究されているせいか、戦争の敵国の分析であるわりに、とてもクールな見方がされています。これが悪い、これが変だ、というのではなく、日本人の行動様式とその理由が説明されているので、日本語に翻訳された後も、強く批判する日本人がいる一方で、腑に落ちたと感じた日本人も多かったのではないかと思います。

また、自分自身を含めて、この本を読む日本人が多いということも「分をわきまえることを重んじる」日本人ならではなのかもしれません。「外からどう見られているか」を気にする日本人の国民性は出版後何十年たっても変わっていないのでしょう。

(出典「菊と力」IBCパブリッシング(日英併記の縮約本))

 

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<MemoQマニュアル>統計の使い方

2022年1月28日

MemoQの「統計」機能を使って、原稿の文字数のカウントと、原稿の中にどのくらい重複(繰り返し)があるかを確認することができます。

まず、プロジェクトホームから対象文書を選択(クリック)します。

次に、「文書」タブから「統計」を選択します。

ウィンドウが出てくるので、「計算」をクリックします。

すると、統計の結果が出てきます。

表のうち、原稿の全体の文字数は「総数」の「すべて」⇒「ソースの単語数」の箇所に表示されます。ここでは「20,107」とありますが、これは和文20,107文字という意味です。またこの数字は繰り返し箇所も含みますが、数字など翻訳不要な部分は含まれていないようです。

繰り返しの文字数は、その下の行「繰り返し」に表示されます。ここでは37文字が重複している文字数になります。

「繰り返し」は同じ原文テキストのセグメントが複数回あることを意味します。
例えばある文章が文書中に3回出てくる場合、1個目は新規翻訳が必要ですが、2個目と3個目には自動的に翻訳が挿入され確定されます。そのため1個目は「一致しない」~101%マッチのいずれかのカテゴリでカウントされますが、2個目、3個目は「繰り返し」として計算されます。

また、その下の「分析」の表で、50%以上一致している箇所がどのくらいあるか、%ごとに結果が表示されます。

100%マッチは、TMに翻訳する原文と全く同じ原文および翻訳が存在する場合です(完全一致)。しかし、今回の原文の前後の文脈とTMに保存されている文脈が異なる状態です。
101%マッチは、TMに翻訳する原文と全く同じ原文および翻訳が存在し、なおかつ、今回の原文の前後の文脈とTMに保存されている文脈が同じ場合です(コンテキストマッチ)。

このように、MemoQの統計機能を使用して、文字数や繰り返しのカウントを行うことができます。

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<めざせ語学マスター>サピア=ウオーフの仮説

2022年1月12日

日本人はとかく年上なのか年下なのかを気にします。
「年齢は一個上。でも学年は一緒だよ。」
という(数ヶ月の違いも話題になるような)会話はよくしますし、年の差婚などという言葉もよく聞くように、男女の年の差も気にします。

「I have a brother.」
なんて英語で言われると、まず日本人は
「 Is your brother younger or elder than you?」
のように兄か弟かをはっきりさせたがります。
そこがはっきりしないとモヤっとして次の話題にいけない、という人もいるでしょう。そもそも日本語には、年が上か下かを表現しない兄弟・姉妹の言い方がありません。きょうだいを表す言葉には、兄妹(けいまい)や弟妹(ていまい)という言葉もあるそうですが、日常ではほとんど使わない気がしますし、いずれにせよ誰が年上か、年下かははっきりさせないといけません。

そんなせいか、日本人にとって、相手が外国人であっても、その家族像を認識するための年齢情報は大事なファクターになります。しかし、聞かれるほうからすると「なぜそんなにこだわるの?」と不思議に思うかもしれません。

この感覚は
「リンゴ買ってきたよ。」
とあなたが言ったらイギリス人の友人に
「リンゴは何個?1個?複数?」
と問い詰められるのと似ているのかもしれません。「どうだっていいじゃん。りんごはりんごだよ。毎回、りんご2個とか3個とか細かく言う必要ある?」とあなたは思うかもしれません。

年齢や家族構成(あなたは長男なの?次男なの?)にこだわるくせに、日本人は単数・複数には結構無頓着です。あえてぼかしているときすらありますが、日本語を英語などの外国語に訳すときには困るポイントです。翻訳者は常に「この”女性”というのは1人の女性ですか、複数の女性ですか」などいろいろ質問しなければいけません。

よくエスキモーの言語には雪を表す語がたくさんある、と言われます。でも、日本語にも、日本語以外に訳そうとすると難しいだろうなと思う言葉がたくさんあります。例えば、虫の声などのオノマトペ、雨の種類(春時雨、入梅、夕立、秋雨、時雨、大雨、集中豪雨)、嗜好品でいうなら、納豆の種類(ひきわり納豆、小粒納豆、大粒納豆、そぼろ納豆、吟醸納豆、極小粒納豆)などなど。

しかし、これをもとに「単数・複数をおろそかにするようでは、日本語は文化的に低レベルだ」などと言われたらムッとしますよね。また、日本人は音に敏感な人種だ、とか、天気に異常なまでに気を遣うとか、豆の発酵に執着している、とか言われると、「そうかな・・」とも思いますよね。

でも、歴史の上では、例えば「日本語は膠着している」で紹介したカール・ヴィルヘルム・フォン・フンボルト(1767 – 1835年)だって彼らのヨーロッパ言語は他の言語に比べて優れていると信じていました。残念なことですが、英語教育が盛んな日本の現在だって、英語至上主義に陥っているのかもしれません。

前置きが長くなりましたが、サピア=ウオーフの仮説は、今から100年くらい前に発表された「私たちの宇宙観や世界の把握の仕方、経験の様式、統率の仕方などは私たちの用いる言語が異なれば、それに対応して異なる」という仮説です。サピア=ウオーフというのは1人ではなく、ポーランド生まれの人類学者、言語学者のエドワード・サピア(Edward Sapir, 1884年- 1939年)とアメリカ生まれの言語学者、ベンジャミン・リー・ウォーフ (Benjamin Lee Whorf、1897年- 1941年)が別々に発表した仮設をまとめて呼んでいるものです。

また、彼らより以前に、「言語はその話者の宇宙観や世界観の形成に影響を与えているのか」という課題に取り組んだ学者がいました。ドイツ生まれの人類学者、フランツ・ボアズです。エドワード・サピアはボアズの弟子でした。そしてベンジャミン・リー・ウオーフはサピアの弟子でした。“サピア=ウオーフの仮説”は、どこか時代をつなぐ師弟の物語のようでもあります。


フランツ ボアズ(Franz Boas, 1858年- 1942年) (ドイツ生)wikipediaより

ボアズは、もとは自然科学と地理学、物理学をドイツで学んだ人でした。1883年(ボアズ25歳)、カナダの北海岸沖のバフィン島にあるイヌイットのコミュニティでフィールド調査にいき、そこで、自然界ではなく、人と文化を研究することへの関心を持つようになりました。

彼は、フィールドワークをしている間、当時支配的だった「イヌイットは野蛮だ」という見解に疑問を抱きます。文明化された社会と原始的社会は根本的に違う、とされていた考え方に異議を唱え、全ての社会は基本的に平等であり、異なる社会の人間を理解するには彼らの文化的文脈を知ることが必要だと主張しました。

その後ボアズはアメリカ自然博物館の学芸員になり、1899年にはコロンビア大学で最初の人類学教授になりました。ここで多くの学生に影響を与えます。彼が教えた学者には、人類学者のマーガレット・ミード女史(サモアやパプアニューギニアを研究した学者)、ルース・ベネディクト女史(日本について記述した「菊と刀」で有名な学者)、黒人女性作家のゾラ・ニール・ハーストンなど有名な学者や作家が多くいました。

有名なエスキモーの雪の表現の多さについてはボアズが1911年にその著書「The Handbook of North American Indians』で記したと言われています。(それは事実ではなく、彼の理論が勘違いされたまま、みんなが信じられてしまった話だそうです。詳しくは「エスキモーの言葉に「雪」を表す単語がたくさんあるという与太話 」をお読みください。)

多くの弟子の中でも、ネイティブアメリカ諸語の研究を行ったのが、彼の弟子、エドワード・サピア(Edward Sapir)でした。


エドワード・サピア(Edward Sapir, 1884年- 1939年)Wikipediaより

ドイツ帝国のラウエンブルク(現在のポーランド)生まれのユダヤ人。6歳のときに渡米。アメリカの人類学者、言語学者。

1904年(20歳)にコロンビア大学をドイツ語の学位を得て卒業しますが、卒業後2年間、ネイティブアメリカンの言葉、ウィシュラム語とタケルマ語について実地調査を行ないます。コロンビア大学では人類学者フランツ・ボアズに師事しました。ボアズに影響を受け、サピアはネイティブアメリカンの言語研究を行います。その後、シカゴ大学に勤務。移籍したイェール大学では人類学科長になりました。言語学と人類学とを結びつける研究の先駆けであり、李方桂やベンジャミン・ウォーフは彼の教え子でした。

1921年(サピア38歳)、「使用する言語によって人間の思考が枠付されている」とする新しい言語観を発表しました。これを1940年代にベンジャミン・リー・ウォーフが取り入れ、発展して後にサピア・ウォーフの仮説と呼ばれるようになりました。サピアは1939年2月4日、心不全により54歳でなくなります。

とても学者的なサピア氏に対して、ベンジャミン・リー・ウオーフはちょっとその経歴が独特です。


ベンジャミン・リー・ウォーフ (Benjamin Lee Whorf、1897年- 1941年)。アメリカ生まれ。言語学者。wikipediaより

1918年にマサチューセッツ工科大学を卒業し、化学工業の学位を取得後、ハートフォード火災保険会社で防火技師として働き始めます。その傍ら言語学と人類学の研究を行なうようになりました。1931年(34歳)、イェール大学でエドワード・サピアの下、言語学を勉強するようになりました。サピアはウオーフの支援を行ない、1936年にはウォーフをイェール大学の客員研究員に指名します。1937年(40歳)にはスターリング奨学金を受け、翌年にかけて、人類学に関する講義を受け持ちましたが、サピアが亡くなった2年後、1941年に、44歳という若さで、癌により死去しました。

こうしてサピアとウオーフが発展させた理論は、“サピア・ウォーフの仮説”と呼ばれるようになりました。「私たちの宇宙観や世界の把握の仕方、経験の様式、統率の仕方などは、私たちの用いる言語が異なれば、それに対応して異なる」という考え方です。「言語は人間に対して経験の仕方を規定する働きを持ち、人間の思考が母語によってあらかじめ定められた形式に即して展開する」とする考え方は「言語的相対論(linguistic relativity)」と呼ばれました。

彼らの死後、言語相対論は批判されたり、再評価されたりしていますが、「言語は、その言語話者の思考方法を決定づける」といった言語決定論を信じる学者はほとんどいないそうです。確かに、日本語では単数・複数を区別しなくても「彼女ら」や「君たち」など少し不自然な日本語を補ったりして考えれば理解はできますし、日本語にはない表現方法は、全く理解できないのではなく、理解はできるけれど言葉が足りない、というだけのことなのかもしれません。

ところで、ボアズの弟子のひとりが「菊と刀」の著者、ルース・ベネディクトで、彼女が研究の対象を日本にしたとしたら、当時、よっぽど日本という国は変な国に映ったのかなと想像してしまいます。

このブログにたびたび出てくるアメリカ人翻訳者に、「日本語ってそんなに変かな?」と改めて聞くと、「日本語の文法はあいまい。でも、日本人は大体のコミュニケーションは超能力でやってる、エスパーみたいな感じ。」と言っていました。なるほど、今回も結構いいところをついているのかもしれません。(鍋)

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