<ある通訳の日誌> 詩の世界 詩のこころ 2

2021年6月22日

詩の世界 詩のこころ
橋爪 雅彦
1
フィッツジェラルド
もり りょう 訳
オーマー・カイヤム「ルバイヤート」四行詩

第一回

―第二回ー

2. 四行詩
19世紀後半、フィッツジェラルドがカイヤムの四行詩集「ルバイヤート」を英訳し、カイヤムの名は全世界に知られるようになりました。それまでは、誰一人、カイヤムの名を知る者はありませんでした。
オーマー・カイヤム、(Oumar Khayyam)は11世紀中ごろペルシャのナイシャプールという都会に生まれました。ペルシャでは、天文学者、数学者、哲学者として名をはせた人で、12世紀初頭に没した模様です。「四行詩」ルバイヤートを残しました。

四行詩というと、これは日本の詩の中にはありえない形です。いいや日本にも四行で書いた詩があるではないかという人もいます。たとえば、吉井 勇作詞、中山 晋平作曲のあの有名な「ゴンドラの唄」などがそれではないかと言う人もいますが、かなり事情は違っています。
いのち短し こいせよ少女おとめ
あかき唇 せぬ間に
あつ血潮ちしおの冷えぬ間に
明日あすの月日のないものを (吉井 勇作詞)

大正時代末期から日本全国どこでも歌われ、現代にいたるまで歌い継がれている有名な唄です。併し、この唄は、この四行だけではなく、これより二番、三番、四番まで歌詞が続いて一つの唄として終わります。

ところが、カイヤムの四行詩というのは、確かに四行で書かれていても、この四行だけで完結します。この四行の中にすべての感慨とか世界観とかを入れ込み、それで終わる詩形です。

ルバイヤート第十九歌(森 亮訳)
河の岸辺にさみどりの叢立むらだち繁き高草たかくさ
そのかぐはしき草にし我等もたるれば、
ああ、かろくもたれてあらん。たれか知る
そはひそやかに麗しき人の口より生ひでしを。

心地よいみどりの高草が
私たちが身を凭れさせる河の岸辺に茂っている
ああ、そっとそっとその身を凭れさせよう、
というのも、眼には見えないが、
草草は、昔、美しかった人の口から生えてきているのを誰が知ろう。

―Edward Fitzgerald  XIX―
(フィッツジェラルド第十九歌)
And this delightful herb whose tender Green
Fledged the River’s Lip on which we lean-
Ah, lean upon it lightly!for who knows
From what once lovely Lip it unseen!

岸辺で緑の草にその身を凭れさせるとき、こころしましょう、その草は、昔、美しかった女性の口から生え出てきたのだから、という発想も僕を狂喜させました。
第一行末尾のGreen、第二行末尾のlean, 第四行末尾のunseenで押韻しています。一行が十音節で構成されてもいます。そしてこの四行だけで詩は完結しています。

さてこのような詩形は日本には全くありませんが、中国にはあるんですね。絶句がそうです。
第一行末尾(起句)第二行末尾(承句)そして第四行末尾(結句)に押韻しています。

唐代の詩人 高適(こうせき)の七言絶句「除夜の作」を引き合いに出します。

旅館寒燈獨不眠 旅館の寒灯独り眠らず
客心何事転凄然 客心何事ぞうたせいぜん
故郷今夜思千里 故郷 今夜千里を思う
霜鬢明朝又一年 そうびん明朝また一年

 誰しも故郷を遠く離れて旅をしている時、あるいは遠い異郷に一人で赴任している時、旅館の部屋の灯のもとに、ひとり眠られず、旅の愁いは凄然と胸に迫ってきます。今宵はるかな故郷を思い、明日にはまた耳際(みみぎわ)の髪の毛が一つ年を取って白くなっていくという感慨を唄ったものです。この詩は、四行二十八文字で完結です。

第一行末尾の「眠」、第二行末尾の「然」、第四行末尾の「年」で押韻しています。

(ここでおやっと思う人もいるかもしれません。「眠」の字に関して私たちはMINと発音します。「然」という字は現代では漢音のままZENと発音することが多いのです。そして最後の「年」は、通常私たちが発音しているのは呉音でNENと発音し、漢音ではDENとなります。

ところが漢詩では、漢音で発音することが通常となっております。
「眠」の字は、一番古い音、呉音ではメン(MEN), 漢音ではベン(BEN),そして慣用音ではミン(MIN)と発音しています。現代の私たちは慣用音のMINだけで発音しています。

漢音で発音することが漢詩の通常である以上、「眠」はBENの発音が適用されます。
そうすると、「眠」はBENであり、「然」はZENであり、「年」はDENであることにより、押韻が正しいことが分かります。)

今、私たちは、詩を味わう立場です。味わう以上、このような押韻の知識やまして絶句の作詞上必要となる様々な規則などは、不問に付することにしましょう。大事なのは、読み、心で作者と共感し、感動することです。

「除夜」を引き合いに出したついでに、芥川 龍之介が除夜の鐘の音を聞きつつ作詞したものを掲げます。

除夜の鐘の 聞こゆれば
雪はしずかにつもるなり
除夜の鐘の 消えゆけば
は今ひとと 眠るらん (「芥川 龍之介全集」より)

すべてクラシックな七五調でそろえています。
除夜の鐘とともに、しんしんと降り積もる雪。そして除夜の鐘の音が消えてゆこうとするとき、かつて愛したあなたは、今、他の人の妻となって、夫なる人とともに眠っていることであろうと。
除夜、鐘の音、雪、そしてあなた。年の最後を彩る役者がすべてそろっているようです。
―続くー

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