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<めざせ語学マスター>日本語教育能力検定試験 今年も受けました

2021年10月26日

今年は大正大学が試験会場でした。昨年は東京外国語大学、その前は明治大学・・・。家族に話すと「ああ、年に一度の大学見学?」と、秋のある一日、朝から母がいない様子は家族内の恒例行事になっているようです。

日本語教育能力試験は朝9時開場、9時50分から1時間半の試験I, お昼を食べて午後12時50分から13時45分まで聴解試験の試験II, その後14時25分から16時40分までが記述式を含んで行う試験IIIという3部構成です。10月末は秋が冷え込み始めるとき。去年も今年もコロナ対策がしっかり行われている中で実施されました。

大きな会場に一つずつあけて座っている受験者は、年齢層もバラバラで、20代の人から定年退職したあとのような高齢層までいます。全体のイメージでは、真面目そうな人が多い様子。そもそも丸1日かけて受ける試験に応募する時点で、気合のある人々なんだと思います。

今回は過去3年分の試験を見直してのぞみましたが、内容としては今年の試験もだいたい過去問と似たような問題だったと思います。今まで通信教育、問題集、ビデオのオンライン授業など受講してきましたが、やりつくした感があり、今年は過去問の内容をノートにまとめたり、このブログを書きながら勉強するという地味な方法をとってきました。

過去に買った問題集もすでに数年前のもので、試験を受けて思ったのは「私は今のトレンドに弱い」ということ。試験Iの問題14には、日本語教師の人数など、まさに業界の現状を問う問題が出ました。「令和元年度の日本語教師等の数」・・・鉛筆を転がす思いで4万6000人を選んだら、・・・ラッキーなことに当たっていました。

実はこのトレンド、文化庁で毎年出ている「日本語教育実体調査報告書」を見れば一目瞭然です。

令和元年度日本語教育実態調査報告書「国内の日本語教育の概要」
令和元年度の日本語教師の数は46,411人。
年代別では60代が一番多いです。10,352人(全体の22.3%)
地域別では、関東の次に多いのは近畿です。
職務別ではボランティアによる者が一番多く、24,745人(53.3%)。
機関、施設等別では法務省告示機関が最も多く、12,933人(27.9%)。

参考までにコロナが襲った昨年の報告書によると、
令和2年度日本語教育実態調査報告書「国内の日本語教育の概要」
令和元年度の日本語教師の数は41,755人。(前年度(46,411人)より4,656人(10.0%)減少)。
年代別では60代が一番多い。9,727人(全体の23.3%)
地域別では、関東の次に多いのは近畿です。
職務別ではボランティアによる者が21,898人(52.4%)。(前年度より2,847人減少)
機関、施設等別では法務省告示機関が最も多く、11,554人(27.7%)。

しかし何より顕著なのは、日本国内での日本語学習者の人数の減少で、令和2年度は160,921 人で、前年度(277,857 人)より 116,936 人(42.1%)の減少。

令和2年度日本語教育実態調査報告書「国内の日本語教育の概要」(パンフレット版)

このコロナ禍での学習者の大幅減少という状況は、来年以降の試験では問われるんでしょうか。

日本語教育人材に求められる資質・能力についてはこちらに記載がありました。
「日本語教育人材の養成・研修の在り方について(報告)」の概要
この中に、1)日本語教師,2)日本語教育コーディネーター,3)日本語学習支援者の三つの分類と段階や活動分野ごとに,求められる資質・能力,養成・研修の在り方及び教育内容が示されています。

①日本語教師 日本語学習者に直接日本語を指導する者
②日本語教育コーディネーター 日本語教育の現場で日本語教育プログラムの策定・教室運営・改善を行ったり、日本語教師や日本語学習支援者に対する指導・助言を行うほか、多様な機関との連携・協力を担う者
③日本語学習支援者 日本語教師や日本語教育コーディネーターと共に学習者の日本語学習を支援し、促進する者

また、その役割・段階ごとに求められる日本語教育人材の資質・能力は「知識・技能・態度」に分けて整理されています。

そして、このように日本語に関する様々な情報を発信する文化庁が行っている事業は、地域日本語教育スタートアッププログラムです。
地域国際化推進アドバイザー派遣は自治体国際化協会。
大規模汎用日本語データベース構築は国立国語研究所
外国人留学生在籍状況調査は日本学生支援機構が行っています。

私は外国人留学生在籍状況調査を文化庁が行っていると思ってしまいました(確か文化庁のサイトで見た覚えがある!と思ったら文化庁の情報に日本学生支援機構のデータが使われていただけだったようです。(;’∀’))。職務別の日本語教師の数では非常勤による者のほうがボランティアより多いと思い、さらに日本語教育人材に求められる資質・能力は「知識・技能・適応力」かと思ってしまい、結果、私はこの問題14だけで5問中すでに3問間違えています。

今年もクリスマスイブにショッキングな通知を受け取る予感・・。
さて来年はどの大学に出かけて行くのかな・・・。

それにしても、こんなに沢山の人が受験する試験なのに、実際は半分近くがボランティアっていう現実を(選択肢の一つとはいえ)試験にするのはちょっと自虐的すぎではないでしょうか。
いくら少子高齢化社会だからって、高齢者のボランティア頼みの日本語教育というのは「未来が明るい」とは思えない気がします。英語教育には熱心すぎるぐらいの日本なのに、日本に住む外国人の日本語教育にはお金をかけないのでしょうか。本当は日本人の英語教育と同じくらい力とお金をかけるべき、いや、日本の将来を考えれば、英語教育より大事かもしれないのでは?(鍋)


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<めじろ奇譚>LGBTの権利・フランスと日本の比較

2021年10月21日

フランス

国際レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランス、インターセックス協会(ILGA)によると、LGBTの権利ランキングでは、ヨーロッパの中でフランスが13位となっています。世界規模で考えると、寛大な国だと思われていますが、実際にはEUやG7の平均に近いです。

18世紀前までは、宗教の影響によって法律上、同性同士の性的関係が罰せられていました。但し、「同性愛」という概念がなかったため、「同性愛」という考え方自体は罰せられておらず、こっそりと恋愛関係になっている人もいました。同性愛者の性的関係はフランス革命まで犯罪とみなされており、死刑が科せられることもありました。(*最後の死刑の例は1750年。)

フランス1791年刑法典が定められたことによって、罪ではなくなりましたがLGBTの権利はその後約160年停滞しました。

第二次世界大戦中、同性愛者は迫害され、性行為同意年齢についても1982年まで異性間カップル(18歳)と同性間カップル(21歳)の間で年齢が異なっていました。
※1982年には同性間カップルも、異性間カップル同様、21歳から18歳に下がりました。

そして、1999年に民事連帯契約(パックス、Pacte Civil de Solidarité)が成立し、2013年には同性婚が認められることになりました。

フランスでの同性婚に対する反対デモ

 

日本

日本はフランスと違って、LGBTを差別の対象にする宗教的な文化がありませんが、LGBTに対する認識はまだ少ないようです。

11世紀の源氏物語のような古典や、北斎・歌川広重の浮世絵にも同性愛者の描写がありました。

また、同性愛は侍の社会階級の中でも珍しいことではありませんでした。

しかし明治時代には、欧米の影響により、同性間の性的関係が1873年から1880年において禁じられていたこともありました(鶏姦律条例)。

以降、日本でのLGBTの権利は少しずつ認められつつありますが、他の先進国と比べたらまだ遅れています。

ただ、進歩がないというわけでもありません。自治体によりますが、パートナー証明書の制度も出来ましたし、東京都や千葉県ではLGBTに対策する差別を禁じる条例も施行されました。

読売新聞が2020年に国内で行った調査によると、同性婚に賛成している国民の割合は61%を占めます。それにも関わらず、G7の中で同性婚がまだ認められていないのは日本だけです。

源氏物語の絵巻・11世紀

結論

フランスは日本より法律の面では進んでいますが、LGBTの人がいけない場所があるなど、治安の問題があります。

日本はフランスと違って治安は良いですが、法律の進歩がまだ遅れています。そのため、例えば、同性間カップルでは家を借りることが難しかったり、外国人の配偶者のためのビザが取得できなかったりします。

フランスでも日本でも今後LGBTの権利がもっと改善されることが期待されます。(ダミアン)

<お知らせ>同時通訳者&翻訳者 急募

2021年10月19日

フランシールでは現在英語、中国語、韓国語、ベトナム語の同時通訳を募集しております。

ご関心のある方は、こちらからご応募ください。

よろしくお願いします。

株式会社 フランシール 採用担当

 

<めざせ語学マスター>記憶とは

2021年10月19日

娘が小学校2年生になったとき、ピアノを習いたいと言い出しました。
ちょうど「クラシックの名曲」というCDつきの子供用の本を買って、寝る前に聞かせていたころだと思います。モーツアルトの「きらきら星」なども入っていて、私も子供たちの横で鍵盤があるように指を動かしたり、指揮者になったようなふりをしたりして寝かしつけていました。

ピアノを始めるにあたって鍵盤が50個くらいしかないキーボードを買ってきました。娘が弾いていないときに、私もキーボードについてきた楽譜を見て、その昔、中学生まで習っていたピアノを思い出して時々練習し始めました。すると・・「鍵盤が足りない」ことに気づきます。もっと高い音があったはず、とか低い音があったのに鍵盤がない・・。

結局自分の要望で88鍵盤のキーボードを買うことにしました。するとまた少し上のクラスの楽譜がついてきたので、弾けそうだなと思える曲を選んで練習するようになりました。ただ、昔弾いていた曲は指が覚えていたりもしますが、新しい曲は楽譜を一つ一つ丁寧に読んで確認しないとなかなか弾けません。あるいは、途中まで弾けても頭の中で「あれ?ここはどの音だったっけ?」と思ったとたんに指が止まって動かなくなります。

昔弾いていた曲や、最近ずっと弾く曲は楽譜がなくても弾けるものもあります。ただ、それは楽譜が頭に入っているわけではなく、頭を通さずに指が動くような感覚です。(念のために言っておきますが、ピアノ自体は上手くなく、中学校時代であっても「エリーゼのために」をやっと弾けるぐらいの力量でした。おまけに当時ピアノは本当に嫌々やっていました。それでも、です。)

それはパソコンのキーボードを叩くとき、最初は「Aはどこ?」「Wはどこ?」と探していたのが、いつからかブラインドタッチができるようになるのと同じような感覚だと思います。他の人と会話しながらスマホで別のメールを打ったりするとか、意外と人は神業のようなことを意図も簡単にやってのけます。

長くなりましたが、今回はそういった頭でわかっている知識と、体で覚えている知識の違いについてです。

私たちは生活上、常に新しいことを学習しています。ピアノの練習もそうですし、キーボードの使いかた、自転車の乗り方、自動車の運転の仕方、はたまた外国語の書き方や話し方、様々なソフトやアプリケーションの使い方、などなど。そのためには、まずは楽譜の読み方を習ったり、教習所で交通法規や基本操作を勉強したり、取扱説明書を読んだりします。

ジョン・R・アンダーソン(John Robert Anderson, 1947年ー)というカナダ生まれのアメリカの心理学者は、そのような「技能の習得」をモデル化しました。彼は、楽譜の読み方や、交通法規、歴史の年表など、ある事柄に関する知識(Knowing-what)で言語化しやすいものを「宣言的知識:declarative knowledge」と呼び、体が勝手に動くような「やり方」に関する知識で言語化しにくい、でも何かをするときに行動の一環として現れる知識(Knowing-how)を「手続き的知識:procedural knowledge」と呼びました。彼はこの二つの知識を別のものとして考えました。

例えば車を運転して、「次は右折だ。ウインカーをださないと・・」と思っても「ハンドル横のライトスイッチを下方向に動かして軽く押さえればウインカーが点滅するはず。」とは、初心者以外はなかなか思わないのではないかと思います。そのような知識は「宣言的知識」ですが、普段運転している人はそんなことを考えず、無意識に手を動かしています。私自身、運転中に曲がり角にくるとほぼ意識せずに手を動かしていることに気づきました。いったんそうなると、逆に学科テストで「説明せよ」と問われても、言語化することが難しいかもしれません。

このモデルでは宣言的知識は、練習によって手続き的知識に変わっていくと考えられています。外国語の学習も同じで、最初はその言語の文法や語彙を覚えるために意識的に繰り返し音読したり、文を書き写したりするなど、その言語を使うための情報を吸収します(宣言的知識)。その後外国人と話したり留学や仕事で海外にいくなどして、考えなくても言葉や表現がスラスラ出ていくと、宣言的知識も手続き的意識になっていきます。ただ、現在のように学校で習う英語が受験のための学科にとどまっている間は、きっちり吸収されたとしても、「宣言的知識」のままかもしれません。

また、その逆に、いわゆる「匠」的な職人さんには「どうやって出来るんですか?」と聞いてもうまく説明できない人もいるかもしれません。一方で、自分の技術はそこそこだけれど、人に説明したり教えたりするのが得意な人もいて、そういう人は宣言的知識が豊富なんだと思います。

また、手続き的知識は私でさえピアノを弾くときの「指の感覚」を何十年後も覚えているくらい、長続きします。また、こういった長続きする記憶のことは「長期記憶(long term memory)」と呼びます。

アメリカの心理学・認知科学の教授、アトキンソンシフリンは記憶のシステムを研究しました。彼らの示したモデルが「二重貯蔵モデル(multi-store model ), 1968」です。このモデルでは記憶として短期記憶(short-term memory)長期記憶(long-term memory)があります。

情報はまず視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚などの感覚登録器(sensory registers)で入力されます。その保持時間はわずか数百ミリから数秒。その次に選択された情報は短期貯蔵庫(short-term store)に入ります。保持時間は15~30秒。その後、長期貯蔵庫(long-term store)に入ります。短期貯蔵庫に入っているのが短期記憶であり、長期貯蔵庫に入っているのが長期記憶です。短時間貯蔵庫の情報はワーキングメモリ(作動記憶)とも呼ばれています。

短期記憶から長期記憶へ、どうやったら情報は転送されるのでしょうか。代表的な方法がリハーサル(rehearsal)です。何度も繰り返して短期記憶を維持する方法です。また、新しい情報と既に持っている知識を結びつけること、これを「精緻化(elaboration)」と呼びます。

リハーサルはまさにピアノを楽譜を見ながらコツコツ繰り返す作業のように、外国語なら音読したり、手で書いたり、おしゃべりしたりすることです。

宣言的知識も手続き的知識も長期記憶ですが、宣言的知識はさらに「エピソード記憶(episodic memory)」と「意味記憶(semantic memory)」に分かれます。外国語の学習ではほとんどがエピソード記憶に支えられています。私の個人的経験でいえばくじらのフランス語”balaine(バレーヌ)”は、私の強烈なエピソードに紐づけられていますが(エピソード記憶)、日本語のくじらは、ただクジラのイメージに重なっているだけです(意味記憶)。

様々な感覚器官に入る新しい情報は、その中から必要な部分を抜き取って短期貯蔵庫に運ばれます。これを「符号化(encoding)」といい、短期貯蔵庫に入ることを「貯蔵(strage)」いいます。一度長期貯蔵庫に貯蔵されればあとは「検索(retreaval)」て探したり整理したりできるそうです。年をとると「あれー、あれ、あれって何て言うんだっけ?」というのが増えますが、長期貯蔵庫に入っている情報はなかなか完全には消えないらしいですよ。(本当かな・・)

私は過去何度も受けた日本語教育の試験で、ほぼ毎年のように繰り返し同じような用語を眺めてきました。軽いリハーサルをしてきたけれど、ものにならず。そうして始めたのが、このブログ。今思えばこうやって文字にすることで私は今までパラパラ見てきた知識を長期貯蔵庫へ転送すべく、精緻化しようと書いてきたのだと思います。

しかし次の試験まで残り1週間になった今、再び過去問を見て愕然としています。全体の範囲に比べると、ブログで書いていることは結局ほんのごく一部。精緻化できたとしても少なすぎます。まあ、また落ちても落ちていなくても懲りずにコツコツ書いていこうと思います。(ため息)(鍋)

 

参考:第二言語習得論 アルク、新版日本語教育事典 大修館書店


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<ある通訳の日誌>詩の世界 詩のこころ 5

2021年10月16日

詩の世界 詩のこころ
橋爪 雅彦
1
フィッツジェラルド
もり りょう 訳
オーマー・カイヤム「ルバイヤート」四行詩

―前回の続きー

■フィツジェラルドと友人カウエル(Cowell)
フィッツジェラルドには十七歳年下のカウエル(Edward Byles Cowell)という友人がいました。彼との交わりは、1844年ごろ(カウエル18歳)始まったといわれています。1850年ごろからフィッツジェラルドはこの友人からスペイン語の指導を受け、その後1852年からは彼よりペルシャ語の指導を受けました。

この友人カウエルが、オックスフォード大学のボドレー図書館にあったオーマー・カイヤムの四行詩「ルバイヤート」の古写本を発見、それを転写し、フィッツジェラルドに贈呈しました。その古写本に収録されていたのは158首、その中からフィッツジェラルドは75首を選んで翻訳しました。75首の初版は1859年に自費出版されました。

今、こうして私が論じているのは、この初版本の75首を森 亮が1941年に和訳したものです。

フィッツジェラルドはその後も改訂を続けました。
1859年 初版 75首
1868年 第二版 110首
1872年 第三版 101首
1879年 第四版 101首

1883年6月 74歳と数カ月の寿命を終えました。
彼の死後、第五版が出版されました。彼のルバイヤートを論じる人たちは、初版から第4版までを頻繁にとりあげ、第五版はほとんど取り上げません。
そしてよく翻訳されるのは、初版、第二版、第四版です。第三版は第四版とよく似通っているため翻訳者たちは第四版を選び、第三版はあまり翻訳されません。
第五版については、まれにしか翻訳されませんが、日本では、矢野 峰人が五版101首の全訳をしています。

■フランス人J.B.Nicolasの出現
1867年 インドに領事として滞在していたフランス人ニコラ(J. B. Nicolas)がフランスへ帰国し、オーマー・カイヤムの詩をフランス語・ペルシャ語原典双方の対訳で出版します。
フィッツジェラルドがカイヤムを訳して以来、彼以外の人が試みた初めての訳です。テヘラン版テキストを使い、原詩は下記の右ページにみられるようにおそらく四行詩と思われますが、ニコラは散文詩の形で全464首を仏訳しています。


参考までに第448歌のページを載せます。
左ページがフランス語訳、右手ページがペルシャ語原文です。(ペルシャ語はアラブ文字を使って表記されています。ページの下段には、ニコラの注釈がフランス語で書かれています。)
(LES QUATRAINS DE KHÈYAM Notes du Mont Royal. )より

フィッツジェラルドが友人カウエルより寄贈されたボドレー図書館蔵のウズレー写本が全158首でしたから、このニコラが訳したテヘラン本は相当な数と云わねばなりません。

さきほどのフィッツジェラルドの初版第十一歌は、前回引用したマッカシー版第449歌によく似ていますが、ニコラが訳したテヘラン本では第413歌と第448歌にほぼ相当します。
ほぼ相当という意味は、似てはいるが完全な一致ではないという意味です。

フィッツジェラルドは、自分の感性で、ある語は削り、ある語は活かし、あるいは二つの詩を融合したりで、全体の意味合いも多少変わってきていますが、カイヤムの本質は崩さないというスタンスでの訳業です。
私自身、ペルシャ語は分かりませんが、多くの専門家の言葉を借りれば、ニコラはペルシャ語原詩に忠実に訳していると云われています。

J. B. Nicolas (413歌)
Ce que je demande c’est un flacon de vin en rubis, une œuvre de poésie, un instant de répit dans la vie et la moitié d’un pain. Si avec cela je pouvais, ami, demeurer près de toi dans quelque lieu en ruine, ce serait un bonheur préférable à celui d’un sultan dans son royaume.
(LES QUATRAINS DE KHÈYAM Notes du Mont Royal. www.notesdumontroyal.com)より

私が欲しいものは、ルビー色したワインの瓶、一遍の詩集、人生における休息とパンの半かけら。これらをもってどこか人気のないところで、友よ、あなたのそばに座るなら、それこそ王国における王(サルタン)よりも幸せでしょう。

参考までに、このニコラのフランス語訳413歌を今度はこれを英訳したFREDERICK Baron Corvoの訳を掲げます。

All that I ask is a Flagon of rubious Wine, a lyrick Biblaridion, the Half of a Leaf, and an instant of Rest in Life. If, with these, I might dwell in some Ruin, near thee, o Lover o’ me, my Bliss would be préférable to that of a Sultan in his Kingdom.
(「The Rubaiyat of Umar Khaiyam」Scholar SELECT published by Wentworth Press, an imprint of Creative Media Partners. Support creativemedia.io)より
(上記FREDERICK の英訳のなかで、Biblaridionという言葉に少々戸惑いました。英語でもフランス語でもなく、調べてみると、どうやらギリシャ語系の言葉で、「小さな本」を意味しているようです。lyrick Biblaridionは「小さな抒情詩集」とでも訳すべきなのでしょう。)

J. B. Nicolas (448歌)
Lorsqu’on possède un pain de froment, deux mèns de vin et un gigot de mouton, et qu’on peut aller s’asseoir avec soi une jeune belle aux joues colorées de teint de la tulipe, oh!c’est une jouissance qu’il n’est pas donné à tout sultan de se procurer. (LES QUATRAINS DE KHÈYAM Notes du mont Royal www.notesdumontroyal.comより)

小麦のパンと二マンのぶどう酒と羊のもも肉を持つときは、そしてまたチューリップ色の頬をもつ乙女とともに自らが座る時、ああ、これはいかなる王侯(サルタン)も手に入れることができない喜びだ。
(注:マンはペルシャの重量単位。800グラムから3,000グラムぐらいに相当すると云われている。)

ここでもFREDERICK Baron Corvoの訳を掲げます。

He, who hath a wheaten Loaf, a Dish of Mutton, and two Measures of Wine, can go and rest near some ruin with a youthful Lover whose fair Checks glow with the Tinct of Tulips. Ah, not every Sultan may achieve such Joy! 
(「The Rubaiyat of Umar Khaiyam」 Scholar SELECT published by Wentworth Press, an imprint of Creative Media Partners. Support creativemedia.io)より

英語は詩的な言語ですね。ニコラのフランス語訳に比べると、なんというか、フランス語は人工的で古典的な形式を踏襲していて、理屈っぽい印象ですが、フレデリックのこの英語となると、なにか言語として自然な感じがしてきます。しかもインパクトは強烈です。
Ah, not every Sultan may achieve such Joy!(どんな王侯(サルタン)もこんな喜びは味わえないだろう!)

さてフィッツジェラルドの第十一歌に戻りますと、ニコラの原文に忠実な訳を見れば、小麦も消えていますし、マンという重量の単位も消え、羊のもも肉も消え、チューリップ色した頬も消えています。もちろん最後の王侯(サルタン)も消えています。
フィッツジェラルドは、自分の感性を信頼し、19世紀イギリスの感覚に合致した風に詩を組み立てなおしたに違いありません。そこが翻訳というよりも翻案という所以です。

でもフィッツジェラルドの英訳とニコラの仏訳を比べてみると、あきらかにフィッツジェラルドの訳詩が19世紀末から20世紀にかけて全世界の読者を魅了したことがよくわかります。彼の感性の普遍性がもたらす翻案に全世界の読者は完全な共感を示したと云ってもいいでしょう。

それはたとえば、「羊のもも肉」と言っても、やはり日本でも「おやっ」と思います。
中近東の世界では、最高の御馳走と云われている「羊のもも肉」も、日本では「なんだ、それ」といった感覚で、詩のなかにこの言葉が出てきただけで、詩が台無しになる危険があったといってもいいでしょう。それはヴィクトリア朝時代のイギリスでも同じで、また当時のアメリカやその他のヨーロッパ諸国でも同じだったでしょう。


(羊のもも肉 アラブ世界では最高の美味として絶賛される料理です。この塊は結構大きなもので、ニンジンやサヤインゲン等に覆われていて塊のサイズが見えにくいのですが、右手のナイフのサイズと比べてみればこのもも肉の大きさがわかります。於セネガル国ダカール市のレストランにて)。

戦後 1947年(昭和22年) 小川亮作が「ルバイヤート」のペルシャ語原典からの翻訳を出版しました。今でも岩波文庫に収められており、一般の読者は、この小川亮作の訳詩で、オーマー・カイヤムを知ったに違いありません。フィッツジェラルドの初版第十一歌に近いというよりは、むしろテヘラン版448歌に近いものは次の詩です。

小川亮作訳 ルバイヤート(第98歌)
一壺のあけの酒、一巻の歌さえあれば、
それにただ命をつなぐかてさえあれば、
君とともにたとえ荒屋あばらやに住まおうとも、
心は王侯スルタンの栄華にまさるたのしさ!

■フランス人ニコラ(J. B. Nicolas)に刺激されて
フィッツジェラルドはフランス語も堪能でしたので、すぐにNicolas訳のカイヤムを読んでいます。それに刺激されたのか、フィッツジェラルドは1868年第二版を出版します。

第二版では、先ほど掲げた第十一歌はどのような変化を受けているでしょうか。第二版では、第十二歌になっています。

―Edward Fitzgerald  ―Ⅻ― Second edition
(フィッツジェラルド第十二歌)
Here with a little Bread beneath the Bough,
A Flask of Wine, a Book of Verse ­ and Thou
Beside me singing in the Wilderness ­
Oh, Wilderness were Paradise enow!

第二版110首を全訳した竹友たけとも

藻風そうふうのこの歌の訳を下記に掲げます。
ここにして木の下に、いささかのかて
壺の酒、歌のひと巻 ― またいまし、
あれ野にてかたわらにうたひてあらば、
あなあはれ、荒野あれのこそ楽土ならまし。
(マール社 ルバイヤート 竹友藻風訳)

大きな違いは、第三行目「うたひてあらば」と仮定を表す助詞「ば」を使用し、第四行目の最後尾が「ならまし」と反実仮想を表す助動詞「まし」を使っています。
この「まし」は、言うまでもなく、動詞・助動詞の未然形を受け、現実の事態ではない状況を想定し、これこれの事態が起きたらいいなあと願望する気持ちの表明です。
つまり、この詩は、第一行目、第二行目、第三行目とも仮定となり、第四行目に至って、そうであったら楽土(パラダイス)であろうという想像の中の願望を歌っていることになります。

万葉集の時代、光明皇后の有名な歌を思い起こします。

我が背子と ふたり見ませば いくばくか この降る雪のうれしからまし
(光明皇后 万葉集巻8. 1658)
(あなたと二人でこの降りしきる雪を見ることができたなら、どれほどうれしい気持ちになるでしょう。)

この「ませば」と最後尾の「まし」によって、完全な仮定を意味しています。実際には、二人で見ていないわけです。二人で見たら、どれほど幸せでしょうという願望を歌ったものです。

さて、フィッツジェラルドに戻りますと、第二版第四行目の「were」は、仮定法過去の帰結節としての用法で、「were」はwould beとなります。(矢野峰人著 「近代英詩評釈」昭和10年刊 三省堂を参照)
フィッツジェラルドは第二版から第四版に至るまでこの用法を保持しました。もちろん第五版も同様です。

もちろん第二版の竹友藻風の訳も素晴らしいと思います。だが、こうなってしまうと、直接法現在の初版とは離れてしまい、私自身はどうあっても直接法現在の初版の歌が心底素晴らしいと思っています。

■再度「王国における王様よりも幸せ」
カイヤムにとっては、ワインと詩集と若き美女。
ひるがえって私たちの現実の中では、銘々がそれぞれの「王様よりも幸せ」の世界を持てればいいですね。いや持っている人をたくさん知っています。

私の近所の人で、自転車に乗って山や野にサイクリングに出かけるのが無上の幸せと言っていた人や、休日に河川敷の運動場で草野球をするのが最高の喜びであるとか、あるいはサッカーに興じたりまた見たりするのが無上の喜びであるとか、あるいはまた私の兄の一人は、麻雀に熱中するのが何よりの幸福とか、あるいはまた仕事で疲れた体を引きずりながら帰宅すると、愛犬が尻尾を振って出迎えてくれることが何よりだとか、また友人のひとりで、女性と関係するのが無上の喜びであるとか、あるいは「人生は、酒と女と金だ」と断言してやまない御仁もたくさんいます。

ひとそれぞれに自分の格別な世界を持っているわけです。

先日、ある会合で友人に会いました。聞くと、腎臓を手術したそうで、二つある腎臓のうち、一つを除去したとのこと。彼が言うのには、
「あの好きだった酒がまるで駄目になってね。まったく酒が飲めなくなってしまった。」
そこで私が、
「それじゃあ、女性の方も全く駄目なわけだ。」
彼はうなずいて
「女性も駄目だが、お金の方も稼げなくなってね。」
私は、
「それじゃあ、酒、女性、お金の三拍子が全く駄目とは、これは大変だね。」
彼は、
「それはそうなんだ。だが、いいこともある。鴨長明の方丈記を読んでいてね。方丈記の言葉が身にしみて迫ってくる。昔、学生時代は、「なんだか年取った爺(じじい)が、変な理屈をならべている」と思っていたけれど、いやあ、実に方丈記の言葉も、それに徒然草の吉田兼好の言葉も、今、この年齢で自分のこころに迫って来る。この世を去るまでは、彼らの言葉に耳傾けながら歩んで行きたいね。今や彼らを読むのが楽しみだ。」

これは良い楽しみですね。長い人生ですから、人間も歳をとると、若いころの楽しみ、たとえば、異性とのセックスに気も狂わんばかりに没頭する楽しみとか、あるいは恋の激情のなかで「時間よ止まれ」と叫んで抱擁を繰り返す喜びや、あるいはスポーツにあるいは他の何かに身も心も奪われて楽しみにふけりますが、肉体の衰えとともに、私たち人生の喜びも変遷します。

私自身が自分にも他人にも奨めるのが、古今東西の優れた人たちの書物を読むこと、一言で言うと読書の喜び、これは何にもまして比べ物にならないほどの喜びです。

私たちは、職業生活が長く続きますから、ともすると、職業上の専門文献や資料を詮索し、高度職業社会の知識と技術を身につけるわけですが、これは思いのほか「こころの糧(かて)」にはなりません。

古今東西の名作と云われるものには、私たちの「こころ」を揺さぶる何かがあります。名作とは、おそらく、天上界の神聖と私たち卑俗の世界を結びつけるメディア(媒体)と思われます。

これは若いころから少しずつ親しみ、年老いたころには、充分、古今東西の著作を読みこなし味わうことができなければなりません。

兼好法師は読書の喜びについて、
「ひとり灯のもとに文(ふみ)をひろげて、見ぬ世の人を友とするこそ、こよなう慰むわざなる。」(徒然草 第十三段)と断言しています。

人それぞれがそれなりの格別な世界を持っていないと、せっかくの人生、「一度行ったら、二度と帰らぬ人生」(カイヤム)です。
―続くー

 

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