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フランシール代表による日本語教育能力検定試験合格のための勉強サイト。フランス語検定1級、英語1級に意地で合格した代表が、今度は数年の学習を経て合格できるかどうか。また翻訳会社アルアル(あるいはフランシールにだけ起こること)も記載しています。コメントも是非お寄せください。

<めざせ語学マスター>サピア=ウオーフの仮説

2022年1月12日

日本人はとかく年上なのか年下なのかを気にします。
「年齢は一個上。でも学年は一緒だよ。」
という(数ヶ月の違いも話題になるような)会話はよくしますし、年の差婚などという言葉もよく聞くように、男女の年の差も気にします。

「I have a brother.」
なんて英語で言われると、まず日本人は
「 Is your brother younger or elder than you?」
のように兄か弟かをはっきりさせたがります。
そこがはっきりしないとモヤっとして次の話題にいけない、という人もいるでしょう。そもそも日本語には、年が上か下かを表現しない兄弟・姉妹の言い方がありません。きょうだいを表す言葉には、兄妹(けいまい)や弟妹(ていまい)という言葉もあるそうですが、日常ではほとんど使わない気がしますし、いずれにせよ誰が年上か、年下かははっきりさせないといけません。

そんなせいか、日本人にとって、相手が外国人であっても、その家族像を認識するための年齢情報は大事なファクターになります。しかし、聞かれるほうからすると「なぜそんなにこだわるの?」と不思議に思うかもしれません。

この感覚は
「リンゴ買ってきたよ。」
とあなたが言ったらイギリス人の友人に
「リンゴは何個?1個?複数?」
と問い詰められるのと似ているのかもしれません。「どうだっていいじゃん。りんごはりんごだよ。毎回、りんご2個とか3個とか細かく言う必要ある?」とあなたは思うかもしれません。

年齢や家族構成(あなたは長男なの?次男なの?)にこだわるくせに、日本人は単数・複数には結構無頓着です。あえてぼかしているときすらありますが、日本語を英語などの外国語に訳すときには困るポイントです。翻訳者は常に「この”女性”というのは1人の女性ですか、複数の女性ですか」などいろいろ質問しなければいけません。

よくエスキモーの言語には雪を表す語がたくさんある、と言われます。でも、日本語にも、日本語以外に訳そうとすると難しいだろうなと思う言葉がたくさんあります。例えば、虫の声などのオノマトペ、雨の種類(春時雨、入梅、夕立、秋雨、時雨、大雨、集中豪雨)、嗜好品でいうなら、納豆の種類(ひきわり納豆、小粒納豆、大粒納豆、そぼろ納豆、吟醸納豆、極小粒納豆)などなど。

しかし、これをもとに「単数・複数をおろそかにするようでは、日本語は文化的に低レベルだ」などと言われたらムッとしますよね。また、日本人は音に敏感な人種だ、とか、天気に異常なまでに気を遣うとか、豆の発酵に執着している、とか言われると、「そうかな・・」とも思いますよね。

でも、歴史の上では、例えば「日本語は膠着している」で紹介したカール・ヴィルヘルム・フォン・フンボルト(1767 – 1835年)だって彼らのヨーロッパ言語は他の言語に比べて優れていると信じていました。残念なことですが、英語教育が盛んな日本の現在だって、英語至上主義に陥っているのかもしれません。

前置きが長くなりましたが、サピア=ウオーフの仮説は、今から100年くらい前に発表された「私たちの宇宙観や世界の把握の仕方、経験の様式、統率の仕方などは私たちの用いる言語が異なれば、それに対応して異なる」という仮説です。サピア=ウオーフというのは1人ではなく、ポーランド生まれの人類学者、言語学者のエドワード・サピア(Edward Sapir, 1884年- 1939年)とアメリカ生まれの言語学者、ベンジャミン・リー・ウォーフ (Benjamin Lee Whorf、1897年- 1941年)が別々に発表した仮設をまとめて呼んでいるものです。

また、彼らより以前に、「言語はその話者の宇宙観や世界観の形成に影響を与えているのか」という課題に取り組んだ学者がいました。ドイツ生まれの人類学者、フランツ・ボアズです。エドワード・サピアはボアズの弟子でした。そしてベンジャミン・リー・ウオーフはサピアの弟子でした。“サピア=ウオーフの仮説”は、どこか時代をつなぐ師弟の物語のようでもあります。


フランツ ボアズ(Franz Boas, 1858年- 1942年) (ドイツ生)wikipediaより

ボアズは、もとは自然科学と地理学、物理学をドイツで学んだ人でした。1883年(ボアズ25歳)、カナダの北海岸沖のバフィン島にあるイヌイットのコミュニティでフィールド調査にいき、そこで、自然界ではなく、人と文化を研究することへの関心を持つようになりました。

彼は、フィールドワークをしている間、当時支配的だった「イヌイットは野蛮だ」という見解に疑問を抱きます。文明化された社会と原始的社会は根本的に違う、とされていた考え方に異議を唱え、全ての社会は基本的に平等であり、異なる社会の人間を理解するには彼らの文化的文脈を知ることが必要だと主張しました。

その後ボアズはアメリカ自然博物館の学芸員になり、1899年にはコロンビア大学で最初の人類学教授になりました。ここで多くの学生に影響を与えます。彼が教えた学者には、人類学者のマーガレット・ミード女史(サモアやパプアニューギニアを研究した学者)、ルース・ベネディクト女史(日本について記述した「菊と刀」で有名な学者)、黒人女性作家のゾラ・ニール・ハーストンなど有名な学者や作家が多くいました。

有名なエスキモーの雪の表現の多さについてはボアズが1911年にその著書「The Handbook of North American Indians』で記したと言われています。(それは事実ではなく、彼の理論が勘違いされたまま、みんなが信じられてしまった話だそうです。詳しくは「エスキモーの言葉に「雪」を表す単語がたくさんあるという与太話 」をお読みください。)

多くの弟子の中でも、ネイティブアメリカ諸語の研究を行ったのが、彼の弟子、エドワード・サピア(Edward Sapir)でした。


エドワード・サピア(Edward Sapir, 1884年- 1939年)Wikipediaより

ドイツ帝国のラウエンブルク(現在のポーランド)生まれのユダヤ人。6歳のときに渡米。アメリカの人類学者、言語学者。

1904年(20歳)にコロンビア大学をドイツ語の学位を得て卒業しますが、卒業後2年間、ネイティブアメリカンの言葉、ウィシュラム語とタケルマ語について実地調査を行ないます。コロンビア大学では人類学者フランツ・ボアズに師事しました。ボアズに影響を受け、サピアはネイティブアメリカンの言語研究を行います。その後、シカゴ大学に勤務。移籍したイェール大学では人類学科長になりました。言語学と人類学とを結びつける研究の先駆けであり、李方桂やベンジャミン・ウォーフは彼の教え子でした。

1921年(サピア38歳)、「使用する言語によって人間の思考が枠付されている」とする新しい言語観を発表しました。これを1940年代にベンジャミン・リー・ウォーフが取り入れ、発展して後にサピア・ウォーフの仮説と呼ばれるようになりました。サピアは1939年2月4日、心不全により54歳でなくなります。

とても学者的なサピア氏に対して、ベンジャミン・リー・ウオーフはちょっとその経歴が独特です。


ベンジャミン・リー・ウォーフ (Benjamin Lee Whorf、1897年- 1941年)。アメリカ生まれ。言語学者。wikipediaより

1918年にマサチューセッツ工科大学を卒業し、化学工業の学位を取得後、ハートフォード火災保険会社で防火技師として働き始めます。その傍ら言語学と人類学の研究を行なうようになりました。1931年(34歳)、イェール大学でエドワード・サピアの下、言語学を勉強するようになりました。サピアはウオーフの支援を行ない、1936年にはウォーフをイェール大学の客員研究員に指名します。1937年(40歳)にはスターリング奨学金を受け、翌年にかけて、人類学に関する講義を受け持ちましたが、サピアが亡くなった2年後、1941年に、44歳という若さで、癌により死去しました。

こうしてサピアとウオーフが発展させた理論は、“サピア・ウォーフの仮説”と呼ばれるようになりました。「私たちの宇宙観や世界の把握の仕方、経験の様式、統率の仕方などは、私たちの用いる言語が異なれば、それに対応して異なる」という考え方です。「言語は人間に対して経験の仕方を規定する働きを持ち、人間の思考が母語によってあらかじめ定められた形式に即して展開する」とする考え方は「言語的相対論(linguistic relativity)」と呼ばれました。

彼らの死後、言語相対論は批判されたり、再評価されたりしていますが、「言語は、その言語話者の思考方法を決定づける」といった言語決定論を信じる学者はほとんどいないそうです。確かに、日本語では単数・複数を区別しなくても「彼女ら」や「君たち」など少し不自然な日本語を補ったりして考えれば理解はできますし、日本語にはない表現方法は、全く理解できないのではなく、理解はできるけれど言葉が足りない、というだけのことなのかもしれません。

ところで、ボアズの弟子のひとりが「菊と刀」の著者、ルース・ベネディクトで、彼女が研究の対象を日本にしたとしたら、当時、よっぽど日本という国は変な国に映ったのかなと想像してしまいます。

このブログにたびたび出てくるアメリカ人翻訳者に、「日本語ってそんなに変かな?」と改めて聞くと、「日本語の文法はあいまい。でも、日本人は大体のコミュニケーションは超能力でやってる、エスパーみたいな感じ。」と言っていました。なるほど、今回も結構いいところをついているのかもしれません。(鍋)

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<めざせ語学マスター>日本語教育能力検定試験に合格しました!

2021年12月28日

去年も一昨年も、その前も、さらにその前も、クリスマス前に受け取ってきた日本語教育能力検定試験の不合格通知。思えば「そろそろ諦めたら?」という家族の声を耳にしながら、今年もチャレンジしてしまった試験でした。

忘れよう、忘れよう、と思っても郵便受けを見てしまう。先週「なぜこないんだろう。今年は遅れているのか、はたまた子供たちが新聞にまぜて捨ててしまったか・・」と思っていたら昨日、大きな封筒に「合格証書在中」と書かれた茶封筒が入っていました。

合格すると、中身をみなくてもわかるんだ!

・・・ということを結局5年間かけて知ることができました。

しかし日本語教育能力検定試験は、英検やフランス語検定に比べると、試験の時間もほぼ一日と長く、日本語だけでなく言語学も奥深く、言語の試験としては私個人にとっては最も難しかったです。

ただ、翻訳や通訳という言語に携わる仕事を20年以上続けているわりに、言語学という角度から言語を見たことがなかった私には知れば知るほど面白かったのも事実。過去仕事をする上で何度か思ってきた「これは何という現象なんだろう?」「どうしてうまく言葉が出てこないの?」「どうしてあの人は何カ国語もペラペラ話せるの?」など、数々の疑問を解決してくれるような学習体験でした。

現在はAI翻訳なども人気ですが、今回の日本語教育の勉強で、ソシュールやチョムスキーから今のトレンドにつながるまでの歴史も見れたので、仕事上においても私の興味はつきません。

今後もできるだけ日本語教育能力試験の路線をキープしつつ、語学に関するブログを続けていこうと思っています。

最後に、過去何度も不合格になり、今年合格できたことの理由・・があるとしたら下記のようなことかなと思うので書き留めておきます。何度も落ちている私の意見はあまり良いアドバイスではないかもしれませんが、誰かのお役にたてると嬉しいです。

1.ブログを書くことで記憶の精緻化ができたこと。(精緻化についてのブログはこちら⇒「めざせ語学マスター:記憶とは」

2.過去受験した日本語教育能力試験の3年分をやり直して(過去問だけはありすぎるほどあったので・・)、わかりづらいところは大学ノートに写したこと。特に「毎日のんびり日本語教師」の過去問についての説明は、とても勉強になり、スマホで見てはノートに書き写して学ばせていただきました。今年、受験直後にブログを見るとすでに令和3年の試験の解答予測と説明まであったのには驚きました。(ただ、私は自己採点するのが怖くて説明だけ見て驚いておりましたが。)

初めて日本語教育について勉強しようと、アルクの通信教育を受けたのも数年前。その時の資料は現在でも貴重な勉強源です。数回の不合格を経験し、その後ビデオを見る通信講座も受けましたが、やはり、ぼんやり見たり聞いたりしているだけではなかなか覚えられませんでした(歳のせいもありますね。もうアラフィフなので)。今年は重い腰をあげて、昔ながらの、大学ノートに地道に内容を整理したり、書きためていく、大学受験のような方法をとりました。結局はそれが一番着実だったのかもしれないな・・・と今は感じています。

ブログに関しては、日本語教育能力試験を過去あっさりと合格し、現在もいくつもの言語を操るOさんに細かいところまでチェックしていただきました。私が「母国語」と書くと「母語です」と、「単語」と書くと「語です」など、丁寧に教えていただきました。私は翻訳の世界に長くいたのになんて知らないことが多いんだろうと感じ入った1年でした。(Oさんのブログ「モンゴル語とロシア語の違い、 なぜモンゴルではキリル文字を使う?」も面白いので是非一読ください。)他の社員の皆さんにも私がよくおこす誤字脱字のミスを何度も指摘していただきました。みなさんに感謝です。

また来年もめざせ語学マスターのブログは続けます。

皆様にとって2022年が良い年でありますように。(鍋)


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<めざせ語学マスター>メタファーとは

2021年12月5日

まだ私が翻訳会社に入りたてのころだったと思いますが、「メタファー」が話題になったことがありました。メタファーとは何か。シニフィエ・シニフィアンについて教えてくれた上司はメタファーについても教えてくれましたが、その教え方は独特でした。

私:「どういうのがメタファーになるんですか?」
上司:「つまり、実際にあなたが履いているストッキングは全然色っぽくないかもしれないけれど、椅子の上に誰のものかわからないストッキングが脱ぎ捨ててあると、そこから想像力が働いて、実際に履いている人よりもずっと魅力的になる、そういうものの例えですね。」

もう20年くらい前だから時効だと思いますが、今言ったらセクハラと言われそうな発言ですね。確か当時はやっていたイメクラなどの話題が出た延長線だったかと思いますが、なぜイメージがお金になるのか、というところからメタファーに繋がりました。メタファーがお金になるなら、なんとも不思議な話です。

「メタファー」という言葉は英語からの借用語として比喩全般を指すときに使われますが本来は比喩の一種である「隠喩」を指します。下の比喩の説明でも記載しますが、本来は「芸術は爆発だ」のように、「まるで」とか「~のように」を使わないで「A=B」などと例える修辞技法の一種です。

しかしメタファーや比喩の表現は簡単そうで、翻訳するときは意外と厄介ものです。

例えば「彼女たちは蟻のように仕事した」というフランス語のニュース記事を読んでつい「女工哀史」のようなブラック企業を想像してしまったら、すぐ横の写真には工場で笑いながら楽しく働いている女性たちの姿。「え?ブラック企業のニュースじゃないの?」と思ったら、フランス語の表現”travail de fourmi”には勤勉で丁寧な仕事をする人のこととありました。でも日本語で「あなたの働き方、蟻みたいね。」と言われたら褒められているのか褒められていないのかちょっとわからない気がします。

一方で、「狸」は日本語では「狸寝入り」や「取らぬ狸の皮算用」「狸おやじ」などいろいろ表現がありますが、英語ではRaccoon dog, アライグマに似たアジアの動物、というイメージしかないようです。「取らぬ狸の皮算用」は英語では英語では”Don’t count your chickens (before they are hatched)!” や“Don’t sell the bear skin before catching the bear.”とチキンやクマに化けてしまいます。

フランス語には、“Avoir une mémoire d’éléphant.”(象のように良い記憶力)という表現もありますが、もし私が日本語で「あなたの記憶力って象みたい」と言われたら一瞬、馬鹿にされたのかな、と勘違いしそうです。また同じ象でも、英語で“white elephant”と言えば無用の長物のこと。英語では « There is an elephant in the room. »という表現もありますが、ここでの「象」はみんなが分かっているけれど口にしない問題や話題のこと。しかし日本語で「みんな問題があるってわかっているけれど口にしない。まるで部屋にいる象だね。」と言われても「は?」と思いそうです。

色のイメージでいうと、銀の表現が英語でよく使われますが、“be born with a silver spoon in his/her mouth”(銀のスプーンを加えて生まれてくる)というのが「裕福な家に生まれる」ことになるとは、日本生まれの私にはなかなか想像できません。“Every cloud has a silver lining.”という表現(直訳すると「すべての雲には銀の裏地がある」)は、転じて「どんなに悪いことにも希望の光がある」ということにつながりますが、この表現を知らなければ落ち込んでいるときに「ほら、全ての雲には銀の裏地があるさ」と言われても慰められているのか何かのなぞかけなのかわからなくなりそうです。


Silver lining (雲を縁取る銀のライン)

このように、比喩というのは、表現を豊かにする一方で、その言語が使われている地域の文化や考え方もわからないとなかなか理解できないものでもあります。「Aみたいに」と言ったところで、「A」のイメージが同じでないと、通じないか、誤解を招くこともあるわけです。

日本語の比喩も一筋縄ではいきません。以下では比喩の種類について説明していきますが、実は私たちは「~みたいな」や「~のように」などの表現以外にも、無意識にたくさんの比喩を日常的に使っていることが分かります。

そもそも比喩とは

あるものごとをわかりやすく説明するために、それに似た他のものに例えて言い表すこと。
原義から転義が派生する過程で、比喩が重要な働きをしていることが多くあります。比喩には直喩(シミリ)、隠喩(メタファー)、換喩(メトニミー)、提喩(シネクドキ)があります。

1, 直喩(ちょくゆ)
(英語:simile)スマイルではなく、シミリです。(語源はラテン語のsimilis)
「りんごのような頬」「お皿のような目」「まるで猫のような声」「さながら一枚の絵画のよう」など、ある事物を他の事物と直接に比較して,その特徴を表示する修辞法です。「~のようだ」「~みたい」「まるで」「さながら」「たとえば」などを使って表現する方法で、比喩法の中で形式が最も簡単なものになります。

簡単な比喩の手法ですが、上述のように「狸みたい」、「象みたい」や「蟻みたい」といった表現は外国語で使うときはその言語でそれぞれの動物や対象物がどういうイメージで把握されているか確認してから使わないとリスクもありそうです。

2, 隠喩(いんゆ)
(英語:英: metaphor)いわゆるメタファーです(語源は“転送”を意味するラテン語のmetaphora)
「メタファー」という言葉は英語からの借用語として比喩全般を指すときに使われますが本来は比喩表現の中でも類似性に着目して、ある言葉を、それとはまったく異なる概念領域にある言葉で表現する方法です。暗喩(あんゆ)ともいい、「~のようだ」「~みたい」という語句を使わずに比喩を表現します。
「足が棒になった(足がこわばるほど疲れた)」「君は僕の太陽だ(光をくれる存在)」「ネットが炎上した(誹謗中傷が集中した)」「パンの耳(端)」「テーブルの脚(支柱)」「月見うどん(卵の黄身を月に例えてます)」なども隠喩です。
また、隠喩は文学でもよく使われます。
「この世は舞台、人はみな役者だ(シェークスピア)」(All the world’s a stage,
And all the men and women merely players)

また、聖書でも隠喩はふんだんに使われています。

「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。」(ヨハネ14:6)

3, 換喩(かんゆ)
(英: metonymy)メトニミー。語源はギリシャ語μετωνυμία(名前の変換)です。
「今月も赤字」と言ったら欠損があること、というように、ある事物をそれと関係のある事物を使って表すことです。「青い目」で「西洋人」を、「鳥居」で「神社」を表します。「ごはん」は本来お米を意味しますが、「朝ごはん」「昼ごはん」などでは食事全体を示しています。「鍋を食べる」は「鍋」で鍋料理を表します。「やかんが沸騰する」の「やかん」はやかんの中の水のこと。「夏目漱石を読む」の「夏目漱石」は彼が書いた本を著し、「白バイ」は警察官を、「客足が遠のく」の客足は顧客を、「足の便が悪い」の「足」は移動手段、「耳が早い」の「耳」は噂などの情報を集める能力を意味します。


鍋を食べる。(=鍋料理を食べる)

やかんが沸く。(やかんのお湯が沸く)

4.提喩(ていゆ)
(英語:synecdoche)シネクドキ。語源は同時理解を意味するギリシャ語(συνεκδοχή)です。
「花より団子」の「花」が「風流」や「外観」を示すように、概念を包摂するような上位語、あるいは逆に下位語を用いて表現する比喩の方法。「花見」は「桜」を「桜」の上位語である「花」で表し、「下駄箱」の「下駄」は「履物」という上位語を、「筆箱」の「筆」は筆記用具を表しています。

逆に上位語で下位語を表すこともあります。「お茶をする」の「お茶」は「飲み物」を表し、「手が必要だ」の「手」は労働力を表しています。「天気がいい」の「天気」は本来、晴れだけでなく雨や嵐も含む上位語です。

お花見(⇒桜を見ること)

下駄箱⇒(履き物を入れる棚)

親子丼は「親子」は「人間の親子」「動物の親子」などを含む上位語が下位語(鶏の親子)を表しているので提喩になります。でも・・・「親子(鶏と卵)」を一緒に食べている、と想像するととたんに食欲が減りそうな気がしますね。

親子丼(鶏と卵という親と子が入ったどんぶり)

しかし、この提喩と換喩ですが、例えば「手を貸す」の「手」は「体の一部」を表すという点では提喩(シネクドキ)ですが、「労働力」を表していると考えると換喩(メトニミー)にも思えます。提喩は「包摂関係にある二者の置き換えを意図する修辞法(量的な置換)」で、換喩は「包摂関係にない二者の置き換えを意図する修辞法(質的な置換)」とされていますが、表現によってはどちらに属するのかはっきり区別するのが難しいものもあるようです。(鍋)

参考:新版 日本語教育事典

フランス語の表現辞典のサイト:https://www.linternaute.fr/expression/cgi/recherche/recherche.php
英語でイメージも同時に検索できるサイト:https://dictionary.cambridge.org/dictionary/english/


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<めざせ語学マスター>プルプル、ゴロゴロ、オノマトペ

2021年11月22日

以前「ネイティブチェックは「ネッチェッ」になるか。拍(モーラ)と音節」で書いたアメリカ人スタッフは、オノマトペをとても嫌っていました。ピコピコ、とかガラガラ、とか幼稚な言葉が自分の口から出てくるなんて信じられない、と言っていました。

しかし日本語にはドキドキや、クルクルとか、繰り返される言葉が多いし、それらなしで文章を書いたり会話したりするのは難しそうです。日本語のオノマトペってそんなに多いんでしょうか。

 

目次

・音象徴語
・小学校で習うオノマトペ
・英語で表現しづらい日本語のオノマトペ
・擬態語と擬声語の違い
・畳語
・外国語のオノマトペ
・まとめ

 

音象徴語

擬音語、擬声語、擬態語、写生詞、オノマトペ。これらを合わせて音象徴(おんしょうちょう)語というそうです。(英語表記)sound symbolism。そういわれてみると日本語には擬音語、擬態語が多いです。自分が思いつくものをいろいろ挙げてみます。

くらくら、たじたじ、しとしと、ぴちゃぴちゃ、ぴちぴち、くるくる、すたすた、どたどた、がーん、どしん、ばたん、ぱたん、バシバシ、ピタッ、どきっ、けちけち、どろどろ、ぐだぐだ、いちゃいちゃ、にこにこ、カサカサ、パサパサ、にゃんにゃん、ワンワン、ブーブー、ガラガラ、カラカラ、くたっ、ガシャン、カシャン、ズシズシ、しずしず、つるつる、ぴかぴか、ほんわか、ぶかぶか、ふかふか、ギラギラ、キラキラ、さやさや、そよそよ・・・

きりがないな、と思って調べると「日本語オノマトペ辞典」という辞典もありました。中には約4500個のオノマトペが含まれているそうです。つまりは辞典が作れるくらい多いということですね。

日本語のオノマトペにはワンワンコケコッコーとかの擬声語だけではなく、擬音語、擬声語、擬態語が含まれています。

オノマトペはフランス語で、擬音語、擬声語、擬態語はすべてフランス語でオノマトペになります。英語では、擬音語・擬声語(英語onomatopoeia)、擬態語(英語:mimetic word)となります。英語のmimeticとは「模倣する、偽りの」とあります。

小学校で習うオノマトペ

では、小学校で習った擬音語と擬態語の違いから復習してみましょう。
学校では、
「擬音語は実際になっている音をあらわす。」
「擬態語は実際にはなっていないがその音がなっているかのようにあらわしている。」
として、問題文を解いたりしながら、擬音語や擬態語の感覚を身に着けていきます。

ちびむすドリルからhttps://happylilac.net/sk1708221548.html

選択肢の中から、適切な擬音語などを選ばせる問題です。こうして小学校などで勉強するうちに、それぞれの擬音語、擬態語に対する個々のイメージは統一されていくように思います。
でも、こういった問題を解くことは、日本語を外国語として学ぶ外国人にはとても難しそうです。

英語で表現しづらい日本語のオノマトペ

バスが(    )ゆれる。(ガタガタ
すずが(    )となる。(チリーン
雷が(    )となる。(ゴロゴロ

鈴は世界中の人が「チリーン」とは聞こえないでしょう(英語ではting-a-ling, ding-a-ling)。また、英語ではバスの「ガタガタ」は英語の場合オノマトペではなく、rattle around という動詞を使って表現します。その他にも、

カップがガチャガチャ音をたてた。(The cups rattled.)
彼はドアをガタピシいわせた。(He rattled at the door.)

など、英語はオノマトペではなく、動詞や形容詞の種類がたくさんあってそれらを使い分けることで、微妙な違いを表現しています。

空で雷がゴロゴロと鳴った。(The thunder rumbled in the sky.)
ダイヤが日の光を浴びてきらきらと輝いた。(The diamonds sparkled in the sunlight.)
君の香水はぷんぷんにおう。(Your perfume is strong.)
彼が電話をしてこなかったので彼女はぷんぷんしていた。(She was in a huff because he didn’t call her.)
そよそよと吹く春風はここちよい。(Spring breeze blowing softly feels good.)
日が照ってぽかぽかする日。(a warm and sunny day)

*例文[ジーニアス英和(第4版)・和英(第2版)辞典]より

私たちが英語の微妙な動詞の使い分けを難しいなと思うように、日本語を勉強する人はオノマトペを習得しないと微妙なニュアンスは理解できないのかもしれません。

擬態語と擬声語の違い

上であげた語を擬音語(擬声語)と擬態語にわけてみます。

擬音語(16語)  ぴちゃぴちゃ、ぴちぴち、どたどた、ピタッ、カサカサ、パサパサ、にゃんにゃん、ワンワン、ブーブー、ガラガラ、カラカラ、ガシャン、カシャン、ズシズシ、ギラギラ、キラキラ、・・・
擬態語(25語) くらくら、たじたじ、しとしと、くるくる、すたすた、がーん、どしん、ばたん、ぱたん、バシバシ、けちけち、どろどろ、ぐだぐだ、いちゃいちゃ、にこにこ、くたっ、しずしず、つるつる、ぴかぴか、ほんわか、ぶかぶか、ふかふか、どきっ、さやさや、そよそよ

擬音語か擬態語かを特に意識せず、思いついたものを書いていたつもりですが、犬の「ワンワン」や「にゃんにゃん」のように実際に聞こえる音(擬音語)だけではなく、音がしないのに音のような表現である擬態語も結構多く書いていました。

どきっ」や「がーん」などは、私は実際に口で言ってしまうことがありますが(「がーん!忘れてた!」など)、これらは実際には音が鳴っていません。これは漫画の影響も多い気がします。実際、漫画にはオノマトペが多く出てきます。

 パシャ パシャ

ドキーン

(ちゃお 2020年 3月号より)

畳語

さらに日本語には畳語(じょうご)という表現もあります。英語だとreduplicated word、フランス語だとredoublementです。

二回繰り返す言葉で、「ガタガタ」「カタカタ」「いらいら」「かさかさ」などが畳語です。試しに私が上に思いついた語から畳語をわけてみます。

畳語(31語) くらくら、たじたじ、しとしと、ぴちゃぴちゃ、ぴちぴち、くるくる、すたすた、どたどた、バシバシ、けちけち、どろどろ、ぐだぐだ、いちゃいちゃ、にこにこ、カサカサ、パサパサ、にゃんにゃん、ワンワン、ブーブー、ガラガラ、カラカラ、ズシズシ、しずしず、つるつる、ぴかぴか、さやさや、そよそよ、ぶかぶか、ふかふか、ギラギラ、キラキラ
畳語じゃないもの(10個)  がーん、どしん、ばたん、ぱたん、ピタッ、どきっ、くたっ、ガシャン、カシャン、ほんわか

上にあげた例の中でも、かなりの割合で畳語がありました。

畳語には、オノマトペではないものもあります。「山々」「人々」「並々」「青々」「白々」など、「々」を使って表すものも畳語です。畳語からオノマトペを見分ける方法の一つとして、連濁しないという点が挙げられます。オノマトペは「ころころ」、「ひらひら」、「ふつふつ」、「ふわふわ」など後ろの「こ」や「ひ」が「ご」や「び」などになることがないのに対して、オノマトペではない畳語は「ひとと(人々)」「しらら(白々)」「ふしし(節々)」「かみみ(神々)」のように後ろが濁音になります。(これを連濁と呼びます。)

また、同じ言葉を繰り返すのは完全畳語(full reduplication, complete reduplication)、「カサコソ」「ウロチョロ」「カタコト」など一部が繰り返されるのを部分畳語語(partial reduplication)と呼びます。

また、「営利に汲々(キュウキュウ)とする」、「清水が滾々(コンコン)と湧き出る」、「満々(マンマン)」など漢語から派生した畳語もオノマトペではありません。
見分けるのは難しそうですね。

ちなみに畳語ではない短い拍の擬態語、「どきっ」「くたっ」などは、普段は「ドキッとした」や「くたっとした」のように「と」がついて使われます。「っ」は瞬間的な動きを表すことが多いようです。また、「ん」がつく擬声語(どしん、ばたん、ぱたん)は弾んだ感じをイメージさせます。どちらも短い拍で短い動きを表現しているように思えます。

畳語は英語やフランス語でもありますが、日本語に比べると量は少なく、用途も限定的のようです。

英語

(オノマトペ、非公式な様式が多い)

 tick-tock(時計の音)、bow-wow(犬の鳴き声)seesaw(シーソー)、Ping pong(卓球)、hocus-pocus(だます)、hanky-panky(いかさま)、boogie-woogie(ぶぎうぎ)、itsy-bitsy (ちっちゃい)、wishy-washy(優柔不断の)、teeny-weeny(小さい)、tip-top(頂上、絶頂)、walkie-talkie(携帯用無線電話)、ragtag(寄せ集めの)、bye-bye(バイバイ)、fifty-fifty(五分五分)
フランス語

(オノマトペ、幼稚語が多い)

crac crac(ぽきぽき)、cocorico (コケコッコー)、 foufou(ばか)、loulou(犬のスピッツ)、mimi(子猫)

 

外国語のオノマトペ

では、犬の鳴き声や、猫の鳴き声、雷の音などは外国語では、どのように表現されるでしょう。英語、フランス語、スペイン語、スウェーデン語、モンゴル語、ロシア語、ベトナム語、中国語で比べてみました。猫や犬、カエルや時計の音はあっても、雷や雨の音を表す言葉があるのはアジアの言葉のほうが多いようです。

 カエル 時計  雨
日本語 ニャーニャー、
ミャーミャー
 わんわん ガアガア
ケロケロ
 チクタク ピカッ
ゴロゴロ
しとしと
ざあざあ
パラパラ
英語  meow bow-wow ribbit ribbit  tick-tock なし なし
フランス語 miaou ouaf-ouaf croa-croa tic tac なし なし
スペイン語 miau guau-guau croac croac tic tac なし なし
スウェーデン語 mjau vov vov/
voff voff
kvack  tick tack なし なし
モンゴル語 мяа хав хав гуаг гуаг чаг чаг なし なし
ロシア語 мяу-мяу
(myau-myau)
гав-гав
(guav-guav)
ква-ква
(kwa-kwa)
тик-так
(teek-tak)
громых
(gromyh)
会話に使いません、漫画にのみ
кап-кап
(kap-kap)
雨の場合だけでなく、どんな水流れでも使う
ベトナム語 meo meo gâu gâu ộp ộp tích tắc  đùng đoàng  rào rào
ao ào
中国語 喵(喵)
miāo(miāo)
汪汪
wāngwāng
呱呱
guāguā
滴答(滴答)
dīdā(dīdā)
滴滴答答
dīdā(dīdā)
ピカッ
なし
ごろごろ
轰隆(隆)
hōnglōng(lōng)
しとしと
淅沥
xīlì
淅淅沥沥
xīxīlìlì
ざあざあ
哗哗
huāhuā
パラパラ
滴答(滴答)
dīdā(dīdā)
滴滴答答
dīdā(dīdā)

このほか、英語やフランス語などで典型的な擬音語としては、鉄砲の音(Bang)、や爆発音(Boom)などもあります。日本語だと「バン」、「ドーン」といった感じでしょうか。

日本語の「こちょこちょ」は英語では「Tickle tickle! 」、フランス語では「guili-guili(ギリギリ)」だそうです。

「ギリギリ」してるところ。・・・には見えないでしょうか。

まとめ

外国人にとって日本のオノマトペは数も多くて悩ましい言葉のようです。特に音が出ない擬態語は覚えるのが大変だとか。でも病院でも「どんな風に痛いんですか?」「お腹がキリキリします。」とか「頭がズキズキします。」と日本人は答えるだけでお医者さんも理解してくれるところがあるし、普段の会話でも「雨はまだパラパラだよ。」とか「ゴロゴロ鳴ってきた!」など、よく使うので知っておいたほうが便利だと思います。

イラストや動画でオノマトペを教えてくれるサイトもたくさんあるので以前よりは勉強しやすいと思います。

国立国語研究所 日本語を楽しもう
https://www2.ninjal.ac.jp/Onomatope/category.html

さて、そんな覚えにくい日本語のオノマトぺですが、子音や母音の違いによる一定のイメージはあるようです。

例えば「い」の音は「明るい・小さい・小刻みな動き」を表します。(キラキラ、チリチリ、ヒリヒリ)。また清音が鋭い、きれいな印象を与えるのに対して、濁音は重たい、醜い印象を与えます。

清音:キラキラ、クルクル、コロコロ、さらさら
濁音:ギラギラ、ぐるぐる、ごろごろ、ざらざら

半濁音はさらにちょっと弾けた感じでしょうか。
ぴかぴか ぺらぺら、ぷるぷる、ぱかぱか、ぱりぱり、ぺこぺこ

冒頭のアメリカ人スタッフの「口にしたくない」というオノマトペはどちらかというとこの濁音系か半濁音、さらに拗音もくっつく「ぴちゃぴちゃ」とか「ぺちゃぺちゃ」みたいな音が多かった気がします。(そもそも英語でのオノマトペ自体が幼稚な印象があるんだと思います。)

拗音のオノマトペは、どうも子供っぽい、いやみっぽい意味に使われることが多い気がします。「ぐちゃぐちゃに描く」「びゅんびゅん飛ばす」とか、「いちゃいちゃする」とか「ぺちゃぺちゃしゃべる」など。「ジュウジュウと焼けた肉」など、特に変なイメージのないものもありますが「にゃんにゃん」「チュウチュウなどは、動物の鳴き声のはずなのに、ちょっと色っぽいイメージも・・。(アメリカ人でなくてもちょっと口にするのが恥ずかしいオノマトペは確かにありますね。)

日本語のオノマトペは、漫画やSNS、流行語などから、日々新しい言葉が作られています。「チャラ男」のチャラ(擬音語のチャラチャラ由来?)、「きゅんです」の「きゅん」、「ぴえん」や「ぴえんこえてぱおん」などは若者言葉ですが擬態語か擬声語か区別をつけるのが難しいくらいです。小動物のかわいさを表現する「モフモフ」は辞書にはないですが、イメージしやすい言葉です。2021年の流行語大賞には東京オリンピックのスケートボードで使われた「ビッタビタ」もノミネートされています。

そうかと思えば消えていく、あるいは今使うとちょっと古臭い印象を与える「ガビーン」や「テヘペロ」、「バタンキュー」、「うるうる」「げろげろ」など、使うと年齢がばれるようなオノマトペもあるので日本人も注意が必要かもしれません。

「壁ドン」や「親ガチャ」はオノマトペの入った流行語。さらに言えば、最近の「レンチン」は「レンジでチンする」の意味なので、擬音語つきの略語。

オノマトペなのかそうでないのかは、注意が必要です。流行している言葉にある「ワンチャン」は、犬には関係のない「One chance(まだ可能性あるんじゃない?)」の省略。どうして日本語は「ワンチャンス」の「ス」を省略するんでしょうか・・・。「ハッ!」

略語は4拍が多いけれど、オノマトペも4拍が多い!(畳語もしかり)。これは日本人の音感覚に関係あるんでしょうか?

略語についても気になる方は、是非以前のブログ「ネイティブチェックは「ネッチェッ」になるか。拍(モーラ)と音節」もご覧ください。(鍋)

参考:新版 日本語教育事典


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<めざせ語学マスター>KJ法とヴィゴツキー

2021年11月9日

今回の日本語教育能力検定試験には、アクティブラーニングの土台となる学説として、ヴィゴツキーの最近接発達領域(ZPT)が出てきました。さらにアクティブラーニングの実現方法の一つとして、プロジェクト学習が挙げられていました。学習者の能動的な学習を導く方法としてKJ法やジグソー法も挙げられています。

「あれ?KJ法が出てる!」

先日のチャンク同様(「チャンクとは?」)、まさか日本語検定でこの言葉が出るなんて驚きました。

私が体験したKJ法はブレインストーミングの方法で、グループごとに集まり、全員が決められた時間の中、とにかくポストイットにたくさんアイデアを書いて提出し合い、その後司会者とメンバーがそれらポストイットをまとめたり、発表する問題や解決方法を整理するために使う方法でした。私はこれを子供の小学校のPTAで参加することになった区の家庭教育推進員事業で経験しました。これは各区立小学校から2名~4名の家庭教育推進員(だいたいお母さんたち)が集まって「どうやったらAI時代を生きる子供を育てられるか」とか「町のコミュニティ問題」などを話し合って発表したりする学習の場です。その協働作業の一つとして行われたのがKJ法でしたが、意外な人が「こんなこと考えていたんだー」と感じられる、結構面白い体験でした。

ちなみにこのKJ法。その名前は日本の文化人類学者、川喜田二郎氏(KAWAKITA Jiro)(1920年- 2009年)のイニシャルからきています。

ではどうしてKJ法が一昔前のソビエト連邦の心理学者、ヴィゴツキー(1896年 – 1934年)につながるのでしょうか。


(ヴィゴツキーの写真:wikipedia)

彼は1936年に38歳で結核により亡くなっていますが、その短い人生の間に行った研究で、ロシアだけでなく世界の心理学に影響を与えました。芸術心理学、教育心理学を研究し、心理学と教育、哲学を教育実践、特に障害児教育に結び付けました。執筆した論文は、『行動心理学の問題としての意識(1925)』、『教育心理学(1926)』、『心理学の危機の歴史的意味(1927)』「子どもの文化的発達の問題(1928)」『児童期における随意的注意の発達(1929)『障害児のための発達診断および育児相談(1931)』、『高次精神機能の発達史(1931)』、ピアジェの『児童の言語と思考』のロシア語訳版(1931)編集、没後に『思考と言語(1934)』など数多く、芸術から哲学、歴史とその幅広い知識から、「心理学のベートーベン」や「心理学のモーツアルト」などと呼ばれたそうです。。

ヴィゴツキーの専門は発達心理学でした。彼は人間の心を理解するにはその起源を理解する必要がある、として幼児や子供の言語習得の発達を研究しました。子供の発達を研究した有名な学者としてスイスの心理学者、ジャン・ピアジェ(1896年– 1980年)もいます。ピアジェは「発達」を学び方の質的変化であり、学習者自身が学習対象を能動的に学び、知識を構成する、としていました。ヴィゴツキーはそんなピアジェを大きく評価したり、次期によっては批判したりしています。(ともに1896年生まれなので同世代の学者だったんですね。)

(ジャン・ピアジェ:Wikipedia)

ピアジェは構成主義(constructivism)として知られているのに対して、ヴィゴツキーは社会的構成主義(social constructivist)の学者として有名です。ピアジェは人間は発達に応じて能動的に、一人でも問題解決をしていける、とするのに対して、ヴィゴツキーは「人は、人やものに囲まれ、互いに影響を与えながら学んでいる。人の学びは、周囲のものや人が行動のリソースになって生じ、個人の頭の中だけで起こるのではない。学習は個人個人の中で起きるのではなく、周囲の環境とのかかわりの中で起こる」としました。

子どもの独力による問題解決の発達水準と、大人や自分より能力の高い仲間と協働で行う問題解決で見られる潜在的な発達水準との間隔を「発達の最近接領域(зона ближайшего развития、 (the zone of proximal development:ZPD)」と呼び、他者の媒介(mediation)を得て、この領域を内化することで発達が進むと考えました。このような考え方は状況論的学習論(situated learning)と呼ばれています。

「しかしなぜ今ヴィゴツキー?」

しかし、ピアジェの方が長生きしているし、日本語教育検定試験に出てくる理論はチョムスキー(1928年~今も現役)以降は結構新しい理論が多いのに、1934年に亡くなっているヴィゴツキーの理論がなぜ今話題になるのでしょうか。

日本では以前から「教師から生徒へ」という一方通行の教育がなされていましたが、1960年あたりから、この教師中心の一斉教育が果たして本当に学習者たちの発達に適しているのかが問題になってきました。教師中心の学習環境は「指示待ち人間」を増やしてしまったという反省から、学習者中心の学習環境の必要性が高まってきました。

また、学習心理学の面からも、行動主義・認知主義(「チョムスキー・ナウ(Chomsky, Now)!」参照)が、学習を個人の中で起こる客観的なものと考えているのに対して、学習は学習者自身が知識を構築していくと考える構成主義が注目されるようになっていました。構成主義では、知識とは誰かによって形成されるのではなく、体験と通して自分で作り上げていかなければなりません。

中でも、知識は状況に依存しており、学習は共同体の中で相互作用を通じて行われる、学習とは常に他の学習者との関わりあいの中で行われる共同体的な営みであると考える、ヴィゴツキーの状況論的考え方は時代的にも見直されることになりました。

現在、ピア・ラーニングやピア・リーディングのような協働学習では、学習者が自らの能力を使って自発的に学習に参加することを目指しています。プロジェクト学習や、KJ法も学習者が能動的に参加する方法の一つとして使われています。

日本語学習においては、作文学習活動でのピア・ラーニングがあります。学習者同士が互いの作文プロセスを共有することで、書き手と読み手の相互理解を基に文章を書いていくものです。

でも・・・

正直、私が外国語の学習者だったら「先生に教えてもらいたい。」と思うかもしれません。お互いが母語話者じゃなく、なんとなく通じるけれど、100%正解じゃないし、「なんか・・・間違っている気がするけれど、でも合ってるかも・・」という学習方法にはちょっとモヤモヤ感をもってしまいそうです。ピア・ラーニングそのものには反対ではありませんが、すべてがそれで解決されるわけではない気がします。

英語版のWikipedia によると、ヴィゴツキーの概念はソ連では有名でも、1920年代に英語で本が出版されたあとも、それほど有名ではなかったようです。1978年以降、ヴィゴツキーの理論がアメリカで部分的に紹介されてから、アメリカ合衆国の社会文化人類学者や心理学者がその考え方を支持してブームが訪れました。また、1980年代になって構成主義発達心理学やピアジェの教育論が下火になったことも彼の社会的構成主義が注目された原因でもあったようです。時代がヴィゴツキーに追いついた、あるいは、最近のアメリカの心理学者がヴィゴツキーの考え方のいいとこどりをしている、というところなのかもしれません。

当人のヴィゴツキーも、将来自分のことがポストイットの試行整理術(KJ法)と一緒に試験に出ているとは想像もしていなかったでしょうね。(鍋)

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