私はスペイン語コーディネーターとして2014年にフランシールに入社しましたが、当時怒涛のように押し寄せていたのはスペイン語ではなく、ポルトガル語の仕事でした。ラテン語を起源とするスペイン語とポルトガル語は文法構造上類似点も多く、使用される地域も近いので、第2課は「ラテンチーム」として今でもスペイン語・ポルトガル語案件を中心に取り扱っていますが、入社するなり、私は訳もわからぬまま大量のポルトガル語翻訳案件を担当することになりました。
ポルトガル語が使用されている国といえば、もちろん本国ポルトガル、そして、次に頭に思い浮かぶのはブラジルかもしれません。しかし、当時最も多かったのは、アフリカ南部のモザンビークを対象としたODA案件関連の翻訳でした。世界地図を見せられてもモザンビークがどこなのか最初は見当もつかない私でしたが、「モザンビーク」の名前を聞かない日はない、というほど当時はモザンビーク案件が多かった記憶があります。資源関連の研修教材、教員養成校の建設案件、看護師向けの研修教材、新規現地オフィス立ち上げのための会社定款・登記簿の翻訳など、分野もさまざまでした。
ある日、お客様から「今回の翻訳はモザンビーク向けだから、ブラジルのポルトガル語ではなくて、ポルトガルのポルトガル語で書いてほしい」という要望を受けました。そこで私は初めてポルトガル語の翻訳も、提出先の国によってスタイルが異なることを知ることに。
歴史的な背景から、アフリカ大陸にもポルトガル語を公用語として使用する国がいくつか存在します。モザンビーク、アンゴラ、カーボベルデ、サントメ・プリンシペ、ギニアビサウの5か国です。これらの国々は、地理的にも近いヨーロッパ大陸のポルトガルの影響が大きく、ポルトガル式(つまりヨーロッパ式)のポルトガル語を採用しています。一方、ブラジルもポルトガルの旧植民地であることに違いはありませんが、先住民族の言語の影響を受けるなど独自の進化を遂げており、特に発音は大きく異なります。
発音についてはここでは触れませんが、ポルトガル式とブラジル式とでいくつかスペルや表現が異なる例を挙げてみます。
ODA関連の報告書でよく目にする「プロジェクト」を意味する単語は、アフリカのポルトガル語圏ではProjectoとcが入ります(発音も、「プロジェクト」)。一方、ブラジルではProjetoとcが抜け落ちます(発音は、「プロジェト」となります)。
肩書として頻出する「局長(ダイレクター)」も、モザンビーク向けだとDirector(ディレクトル)となるのに対し、ブラジルではDiretor(ジレトル)です。(なお、Dの発音も異なります)
ブラジルでは発音しない音を書かない傾向があるようで、”c”だけではなく、「(計画などを)採用する」を意味する動詞もAdoptar/Adotarとなるなど、他の子音でも同じ現象が起こります。
なお、2009年以降、ポルトガル語正書法協定(Acordo Ortográfico da Língua Portuguesa)がポルトガル語を公用語とする 7 か国(ポルトガル、ブラジル、アンゴラ、モザンビーク、サントメ・プリンシペ、カーボベルデ、ギニアビサウ)によって結成された国際協力機関(ポルトガル語諸国共同体(Comunidade dos Países de Língua Portuguesa: CPLP))で発効され、新正書法が採用されつつあるようですが、新正書法はブラジル式に則っている部分が多く、ポルトガル本国や、特にポルトガルの影響が大きいモザンビークなどのアフリカのポルトガル語圏ではなかなか浸透していない様子。ポルトガル本国では「自分達のポルトガル語がスタンダードだ」という自負があるのかもしれません。
正書法協定についてはこちら:http://www.portaldalinguaportuguesa.org/?action=acordo&version=1990
数字の書き方にしても場合によっては2通り存在する、という現状だそうで、
10億を表現する場合:
1000×100万を意味するmil milhõesとして表記するポルトガル式と、
いわゆる英語のbillionであるbilhãoと表記するブラジル式に分かれるため、
大きな数字を扱うODA案件のプロジェクトなどでの通訳の場合、通訳者はとても気を遣うそうです。
「兆」の場合はポルトガル式では”bilhão”、ブラジル式では”trilhão”…ただでさえ数字に弱い私は、一生かかっても大きな額の数字の通訳はできそうにありません。
一見些細なことに見えますが、こういう違いが分かっているのか分かっていないのか、厳しい目で確認されるお客様もいらっしゃいます。ですので、今ではポルトガル語の翻訳のお問い合わせが来ると、まずは「どこの国向けの文書か?」を確認し、翻訳者にも提出先の国名を伝えて、よりその国に合った表現となるように手配を進めています。
最後に・・・
「バス」はスペイン語圏でも表現が大きく異なりますが(bus,autobús,guagua,ómnibus,colectivo…)、ポルトガル語圏でもかなりバラバラだそうで、ブラジルではônibus(オニブス) 、ポルトガルではautocarro(アウトカロ) 、そしてモザンビークやアンゴラではmachimbombo= 「マシンボンボ」と言うそうです!!マシンボンボ!「マンボ!」みたいな可愛い響きですが、インパクト大です。
言語ってやっぱり面白いですね。
(川本)
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