以前は新しい年度が始まった4月には「翻訳ないですか?」という翻訳者からの電話がよくなったものです。3月までの多忙な年度末を超え、一服したあとでそろそろ仕事をしようかな、という毎年のルーティーンでもありました。
しかし、今年は夏が過ぎ、秋が近づいても「翻訳ないですか?」という翻訳者からの悲痛な連絡が続きました。また翻訳者同士でも「そろそろ転職を考えるべき?」と話していたり、久しぶりに連絡すると「ちょうど日雇いバイトに応募しようかと思っていた」など、切羽詰まった状況を報告してくれたりします。
一概には言えないかもしれませんが、翻訳の売上減少は機械翻訳の精度向上により顕著になりました。 今までは翻訳のCATツールにも「翻訳の自由さがなくなる」と、アレルギー反応を示していた翻訳者たちも、とうとうAI翻訳やChatGPTの脅威を感じるようになってきました。(TRADOSやMEMOQといった)CATツールについては、「対応する」、「対応しない」という選択肢があった翻訳者たちでしたが、さらなる機械翻訳の発展に悩まされるようになりました。現在は機械翻訳のポストエディットに対応するかどうかという選択肢がありますが、その先にあるのは選択肢すらなく、ただ翻訳の依頼がなくなるかもしれないという恐怖です。
それは翻訳者だけでなく、翻訳会社も同じだと思います。 過去は「これを数日でなんとか英語にして!」とか「意味がわかればいいです。多少粗い日本語でもいいから」などのお仕事も飛び込んできましたが、そういった仕事は実際、来なくなりました。
増えたのはイメージファイルの翻訳や、手書きの書類、PDFや印刷物など、GOOGLEやDEEPLでさっと訳せない書類の翻訳ばかりです。しかも希望の納期は短くなり、スタッフも翻訳者も「これをこの納期で??」と驚きの声をあげることもしばしば。 「上書きできない資料の翻訳依頼が増えましたね。」とぼやくスタッフに一言。 「そうじゃなくて、上書きできない資料だから依頼がくるんですよ。“喜んで!”と言わなければ。」
そういえば最近は翻訳のライバル会社は減ったかもしれません。いつも入札があれば金額を競っていた翻訳会社が入札に参加しなくなりました。最初は「参加を忘れたのかな?」とも思いましたが、類似の案件が出ても不参加。それは値段で負けて悔しい思いをしたときよりもうすら寒い状況でした。翻訳会社が減っている?
思えば翻訳の仕事が官庁などの入札で出てくる回数も減っています。代わりに出てきた新しい案件は「翻訳機の貸し出し」などで、一時流行していた激安翻訳競争はその時代を終え、今や機械やシステムそのものが入札にかけられる時代がきたようです。
そう、翻訳業界は現在過渡期にきています。 でも私たちはそうなることをある程度予測していました。コロナ禍で海外との交流が絶たれた際(2020年~)、新しい仕事に挑戦しようとAI用対訳データ(コーパス)作成の仕事を開始しました。その膨大な量やデータに求められる細かい仕様から、体調やメンタルに支障をきたす者が続出。 AIのデータ作成はある意味非人間的です。私たちは、AIコーパスのボリューム、費やされる時間やコスト、案件に係る研究者たちの知識の高さなどからAI研究プロジェクトの壮大さを知り、「これは1人の翻訳者や翻訳会社が機械翻訳という流れに抗っても無駄だな」と身をもって知ったのです。
AIの精度を高めるための仕事に従事することは自分たちの首を絞めることでもありましたが、「どうせ誰かがやるのなら、自分たちで翻訳の末路を見届けようではないか」と言いながら対応していました。
でも機械翻訳進化のスピードは私たちが想像していた以上に速い気がします。翻訳業界の末路はどうなっているのでしょうか?業界は死に絶えるのか?それとも不死鳥のように生き返ったり、進化したりするのでしょうか?
機械翻訳は現在も進化中で、毎年私たちも驚くほどです。世界中のエンジニアがしのぎを削っているところなので来年どんな新しい機械翻訳アプリが出てくるかは予測不可能なところもあります。
それでも何か未来を予測しようとするなら、今までの機械翻訳の流れや現状をもう少し勉強することが有効かもしれません。 めざせ語学マスターIIではAI関連の本などを紹介しながら機械翻訳のトレンドを紹介していけたらと思っています。
(文 鍋田)
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