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<めじろ奇譚>昔あった国のことについて

2021年9月30日

「♪昔あった国の映画で 一度観たような道を行く」という歌詞がある曲に出てくる。もちろん、昔あった国と言っても、古今東西数多くある。知る限り作詞者は明確にはしていないようだが、どうもソ連のことを指しているというのが通説らしい。世界に映画が普及した以降になくなった国と言えば、他にもユーゴスラビアとかチェコスロバキアもあるかと思うが、取りあえずソ連と信じて話を進めよう。今回は、この今はなきソ連の名称にまつわる「ちょっと不思議」にお付き合いいただきたい。
まず、ソ連の正式名称を、日本語と本家のロシア語、そして西欧語の代表として英・仏語で書いてみよう。

日:ソビエト社会主義共和国連邦(略称 ソ連)
露:Союз Советских Социалистических Республик (略称СССРまたはСоветский Союз)
英:Union of Soviet Socialist Republics (略称USSRまたはSoviet Union)
仏:Union des républiques socialistes soviétiques (略称URSSまたはUnion soviétique)

1 固有名詞の含まれない国名?
まず注目したいのは、「ソビエト」である。カタカナで表記されるためか、我々はこれを、「インドネシア」とか「ザンビア」と同様の固有名詞と思い込んではいないだろうか。この点については、原語のсовет をそのまま音写しているだけの英・仏語の話者も同様の誤解をしている可能性があるのではないだろうか。
ロシア語のсоветは、そもそも固有名詞などではなく、日常的やり取りでも使用される単語で、基本的な意味は助言、そこから転じてこの場合は(助言をし合う)評議会といった意味合いだ。つまり、この国の名称は、「評議会(совет)(形式の)社会主義(体制の)諸共和国のユニオン」ということだったのだ。
そのため、日・英・仏語のように、そのままソビエト、Soviet、sovietと音写せずに、評議会の意の自言語に訳してこの国を表現している言語もいくつか存在する。
今でこそ反露・親西欧的な姿勢がクローズアップされがちなウクライナだが、ソ連時代は、少なくとも表面的にはロシア(人)とも密接な関係で国を構成していた一員だ。しかもウクライナ語はロシア語とも系統的に非常に近い関係にある。そのウクライナ語では、ソビエトを「ソビエト」とは呼んでいなかったと聞けば、不思議な感じがしないだろうか。ソ連に当たる言い方は、ウクライナ語ではРадянський Союз だ。радянськийはрадаの形容詞形で、ドイツ語のRatにつながると言えばおわかりいただけるだろうか。

2 連邦?
次に問題したいのは、上でわざわざ「ユニオン」として「連邦」としなかった点に関わる。まず、日本語で連邦と言えば、英・仏語であれば、federation、fédérationという語が真っ先に浮かぶのではないかと思う。ロシア語でもфедерация という語はあり、現に現在のロシアの正式名称は、
日:ロシア連邦
露:Российская Федерация
英:Russian Federation
仏:Fédération de Russie
だ。
結論を先に言うと、上で仮に「ユニオン」とした部分の原語союз を、英・仏語では適切にunionとしたが、日本語で「連邦」としたのは問題があったのではないか、ということだ。
союзというのは、あの国で輝いていた宇宙開発分野の話題でよく聞いた、ロケット名ソユーズ○号というあれだ。つながり、結合、組合といった意味で、文法用語の接続詞の意でも使われる。実は、日本語にも、「ソ連」の他に、「ソ同盟」という言い方もあったのだが、ご存じだろうか。こちらの方が、より適切な訳語と思われるのだが、残念ながら、あまり普及しなかった。
連邦と「ユニオン」で政治体制的にどう違うのか、ということにはここでは立ち入らないが、少なくとも、あえてфедерацияを使わなかったということは、一般的な理解の連邦ではなかった(実態はともかく、思想としては)ということになる。

3 何のユニオン?
更に付け加えると、「諸共和国のユニオン」、つまり(1956年から、バルト諸国が一足先に分離するまでは)15のソビエト(評議会)諸共和国のユニオンかという点が、ロシア語はもちろんのこと、英・仏語でも明快だ。この3言語では、「評議会(совет)(形式の)社会主義(体制の)諸共和国」という語が複数形で表現されており、それらのユニオンという語構成になっている。ところが日本語だと、ソビエト+社会主義+共和国+連邦と並列されていて、例えば最初のソビエトが共和国を修飾しているのか連邦を修飾しているのか曖昧だ。ぱっと読むと、(連邦という語はあるにせよ、)諸共和国が同盟を組んでいたということが陰に隠れて感知できない。単一の政体のように感じられてしまう。
この点も、日本でこの国の正確な姿を捉えるのに支障があったのでは、と思えてならない。

以上1~3で訳語の適否という面(と言っていいかどうかも疑問があることは承知の上で)からみると、あくまでも筆者の考えだが、日本語は3敗、英・仏語は2勝1敗ということになる。もちろん、西欧語の方が優れていて日本語は劣っているということでもなければ、ヨーロッパ語の概念を日本語に移せないということでもない。ただ、このような重要な概念を移し替えるに当たっては、もっと慎重であってしかるべきであったのではないか、という気はする。

さて、冒頭で「昔あった国~」という歌詞を紹介したが、それと関連があるのかどうかはよくわからないのだが、「甘い手」という別の曲ではバックに、この昔あった国の映画シーンをサンプリングした男女のロシア語でのやり取りが聞こえてくる。ぜひ一度聞いてみてほしい。(一老いぼれ職員)

(小文の見解は筆者個人のものであり、必ずしも㈱フランシールの公式見解ではありません。)

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