「日本語には文法というものがない」
とよくぼやいているアメリカ人スタッフがいました(今はフリーランスとして翻訳や校閲などをしています)。
「主語がない」
「1文がやたらと長い」
「日本人でも読めない漢字があるのはおかしい」
などなど・・・
反論しようとするけれど、うまくできず、自分の知識が足りないことにイライラしました。それで始めたのが日本語教育の勉強なので、ある意味彼には感謝しています。
そんな彼がある日、ルールがないという日本語の中のルールを見つけ、新しい言葉を作りました。
「ネイティブチェックは“ネッチェッ”になる!」
日本人は何でも省略する、パーソナルコンピューターはパソコンになるし、リモートコントローラーはリモコン、スマートフォンはスマホ、というわけで、ネイティブチェックだって省略していいはずだ、とのこと。
「な・・・なんか違うと思うけど・・・」
しかしなぜ違和感を感じるのか説明できず、なんだかモヤモヤ感が残りました。なぜ、「ネッチェッ」に違和感を感じるのか、はたしてそれば本当にあり得ないのか、ずっと不思議に思っていました。今回のブログではこの違和感について少し考えてみようと思います。
確かに日本語は長い言葉をよく短縮します。
歌手やゲームの名前なら
ポケモン:ポケットモンスター
アツモリ:あつまれどうぶつの森
ミスチル:ミスターチルドレン
ドリカム:DREAMS COME TRUE
キムタク:木村 拓哉
ヒゲダン:Official髭男dism
・・・などなど、有名になればなるほど短縮形の呼び方が市民権を得るようなところがあります。
トレンドワードばかりではなく、カタカナの機器名もよく短縮されます。
パソコン:パーソナルコンピューター
リモコン:リモートコントローラー
スマホ:スマートフォン
エアコン:エアーコンディショナー
カーナビ:カーナビゲーション
セクシャルハラスメント(セクハラ)やパワーハラスメント(パワハラ)など、ハラスメントがついた短縮形は最近どんどん増えていきます。
モラハラ:モラル・ハラスメント
マタハラ:マタニティ・ハラスメント
カスハラ:カスタマー・ハラスメント
別にカタカナだけの長い単語が省略されるわけではなく
合コン:合同コンパ(そもそもコンパだってコンパニ―(company)の略)
婚活:結婚活動
就活:就職活動
終活:人生の終わりのための活動
そういえば最近まで見てたドラマ「リコカツ」は離婚活動の略でした。
流行じゃないの?ポップな言葉だけでしょ、かと思うと意外に真面目な言葉も縮められています。
国連:国際連合
行革:行政改革
英検:英語検定
文科省:文部科学省
日本人はやはり長い単語(複合語)はなるべく短くしたい、それも出来れば4拍にしたい、という性質があるようです。
これは日本人のリズム感、日本語の「拍(モーラ)」という特徴に原因があります。日本語は「拍」でリズムをとる言語です。拍はどれも等間隔で、「は」「く」のような仮名1文字で表される直音も、「しゃ」「しゅ」のように小さい「や・ゆ・よ」がついた拗音も、「ッ」「ン」「―」のような特殊音も一つの拍として数えます。(日本語の特殊音には「―」の長音、「っ」の促音、「ん」の撥音があります。)
例えばパーソナルコンピューターは、
で11拍。
*ちなみにコンピューターのような「ター」は「ー(長音)」を省いて「コンピュータ」と表すことも出来ます。参照:文化庁「外来語の表記」留意事項その2(細則的な事項)
さて、このPersonal Computer、英語では何拍になるんでしょうか?
・・いえいえ、英語では「拍」では数えません。学校でも習った「音節(シラブル(英: syllable))」で数えます。
英語の音節は「(子音)+(母音)+(子音)」(CVC)の音のかたまりで一つになります。(子音はゼロのときも、複数あることもあります)。strikes もstreets も1音節、a や eye も1音節。(eye[ái] は母音が2つありますが、このような2重母音は1つの音節として数えます。)
Personal Computerの音節は以下のようになります。
合計すると 6つの音節からできています。
どうやって音節を数えるか?一番確実なのは辞書を見ることでしょう。
per・ son・ al と分かれているのは音節の区切りを表しています。音節が3つであることがわかります。
com・put ・er で、音節は3つ。
日本語と英語では、リズムのとり方が全く違います。
日本人が英語の歌を歌いづらいと感じるのは、この拍と音節の違いが関係してくるんだと思います。英語の歌は音節を一つの音符に乗せるのに対して日本語は拍でリズムを取ります。
例えば「小さな世界(It’s a small world)」の歌詞を見比べてみると、日本語は拍が音符にのっていますが、英語では音節が音符にのっています。一つの音符に対して子音がたくさんあるので歌いづらく感じるんだと思います(少なくとも私はそう感じます)。また日本語が母音で終わる語が多い開音節なのに対して英語は子音で終わる閉音節の語が多いということも影響していると思えます。
では日本語には音節がないかというと実はそうではありません。
先にあげた特殊音(「―」「っ」「ん」)は一拍ではありますが、音節とは数えられません。
なので、音節としては7音節、拍で数えると11拍になります。(赤いところが特殊音)
音節と拍の違いについての詳しい説明は、日本語教育能力試験についての解説がされているこちらのサイトを是非ご覧ください。音節と拍(モーラ)の違いと言語のリズム
日本語を音節に分ける、として「あ・ん・し・ん」が「あん」「しん」と分けられるのはなんとなく分かる気がしますが、俳句や短歌での「七五調、五七調」の数え方も、しりとりも、通常「拍」で数えているので、日本語ネイティブにはどうしても拍をリズムだと感じ取ってしまうところがある気がします。(ケンケンパ、の「グリコ」「チョコレート」「パイナップル」も拍で数えていますが、チョコレートだけは「チ・ヨ・コ・レ・ー・ト」と本来5拍のところが6拍になっています。)
話は元に戻りますが、Native check はどうかというと、[na・tive] [check] は英語なら3音節です。日本語にすると以下のようになります。
拍数は7つ。最初の2拍(ネイ)と2拍(チェッ)を足すと「ネイチェッ」です。でも特に最後の「ッ」が残るのに気持ち悪さを感じてしまう自分がいます。
国際交流基金「複合語短縮」の論文(日比谷潤子)(1998年6月)には、複合語短縮事例365語が調査されています。1998年の論文だからでしょうか、2021年現在ではあまり見ないものもありますが、現在も使われ続けている複合語短縮も多いです。この論文によると当時使われていた365語のうち、307語(84.1%)が4モーラ(拍)語であり、さらにそのうち304語が前部要素から2拍、後部要素から2拍をとって構成されているとしています。また、そうした「2拍+2拍→4拍」のパターンがもっとも生産的としつつ、約20%の例外をタイプ別に分類しています。
例えば
★短縮語形の最終モーラ(拍)の劫音(ャュョ)は直音化する
アメリカンカジュアルは「アメカジュ」ではなく「アメカジ」
マスコミュニケーションは「マスコミュ」ではなく「マスコミ」
★はじめから 2拍とると2拍目が長音(ー)になる場合,その長音ではなく,その次の拍を残す
空オーケストラで「からオー」ではなく「からオケ」
スーパーコンピューターは「スーコン」ではなくて「スパコン」
パーソナルコンピューターは「パーコン」ではなくて「パソコン」
*ゲーセンのような例外あり
★後部要素のはじめの2拍をそのままとると短縮語形が促音(っ)で終わることになってしまう場合、促音をとばして、次の拍を残すケースや、促音を「(大きい)つ」に変える
アメリカンフットボールは「アメフッ」ではなくて「アメフト」
断然トップは「だんとっ」ではなく「だんとつ」
なるほど、この例に沿えば、ネイティブチェックも、「ネイチェク」となります。4拍になり、収まりがいい気がします。
しかし、さらに3拍になる例外も記載がありました。
★後部要素のはじめから 2拍とった時, 2拍目が促音(っ),及び長音(ー)の場合は,後部要素の1拍目のみをとり,その結果短縮語形が 3拍になる傾向が強い.
ポテトチップス→ポテチッではなく「ポテチ」
ミスタードーナッツ→ミスド―ではなく「ミスド」
ファミリーマート→ファミマ―ではなく「ファミマ」
この例にならうと3拍になって「ネ・イ・チェ」もありなのかもしれません。
「バイト(アルバイト)」(昔は「アルバイ」だったそうですが)、「スマホ(スマートフォン)」「エゴサ(エゴサーチ)」「ダンパ(ダンスパーティー)」「プラモ(プラモデル)」・・・3拍の短縮語形も結構ありますね(しかし4拍の短縮語形に比べるとやはりまだまだ劣勢)。特に長音(ー)は省略されることが多いのかな、と思って最近の略語を調べていると「アラサー(アラウンドサーティ:おおよそ30歳)」「アラフォー(アラウンドフォーティ:おおよそ40歳)」なども出てきました。「2拍+2拍→4拍」パターンはなかなかしぶといです。(ちなみに「おおよそ60歳」は「アラカン(還)」!)いずれにせよ、ソシュールが見たらびっくりするだろう語のぶった切り方です。形態素(意味をもつ表現要素の最小単位)なんてなんのその、日本語の拍というリズム感覚はオリジナルの英語の意味や音節を飛び越えていきます。
さて、こんなに書いてきてなんですが、私は個人的には「ネイティブチェック」という用語そのものがあまり好きではありません。官庁系の入札図書などには今日もよく「翻訳にはネイティブチェックを行うこと」という条件が課されているものがありますが、読むたびに「最初からネイティブが訳したらどうするんですか?」とか、「ネイティブなら誰でもいいんですかー?」と心の中でつぶやいてしまいます。フランシール社が昨年取得した翻訳サービスの国際規格、ISO17100では、翻訳後のバイリンガルチェックが必須とされていますが、これは特にネイティブが行わなければならないものとはされていません。実際、以前翻訳のトライアルをした際、他の英語ネイティブ候補と比べてもベストな翻訳を提出したのがスウェーデン人のS氏でした(現在課長職)。ネイティブチェックという概念、これも日本固有のものなのかもしれないなと思います。(鍋田)
<後日談>先日「ネッチェ」を発明した彼に、「やはり私はネイチェクだと思う」と伝えると、「いや、”ネッチェ”のほうがいい。」とのこと。理由を聞いたら「小さい “ッ” が多いほうがかわいいでしょう?」と言われました。そこ?!
<めざせ語学マスター>日本語教育に関するブログはこちら
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