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<めざせ語学マスター>英語は聞いていたらペラペラになる・・・か?(クラッシェンのモニター・モデル)

2021年9月14日

ネイティブのように英語や他の言語を話したり書いたりできるようになりたい、もっと自然に話せるようになりたい・・、と思ったことはありませんか?またそのために学校に通ったり、文法を覚えたり、単語を覚えたりしたのではないかと思います。たくさん勉強したら話せるようになるはず・・・と信じて。

昭和の英語教育。それは「This is a pen.」と先生が言えばそれを繰り返す、という方法がとられていました。何度もカセットなどでネイティブの発音を聞いて、繰り返して言い、なるべくネイティブの発音に近づけていく・・・。そのような繰り返しの学習はオーディオ・リンガル法と呼ばれており、文型練習(パターンプラクティス)をたくさん行うものでした。

しかしそれも今は昔。

現在は数々の外国語習得方法がネットでも本屋さんでも取り上げられていて、どれを選んだらいいかわからないほど。

今日はそんな中から、1970-80年代にアメリカの言語学者クラッシェンが提唱したモニター・モデルを紹介します。彼の仮説はその後アメリカのスペイン語教師テレル(T.Terrell)によって発展し、以降「ナチュラル・アプローチ(Narurel approach)」と呼ばれるようになりました。この教授法は日本語の現在の英語教育法にも大きな影響を与えています。

彼はもし第二言語を習得するなら、理解可能なインプットに自分をさらすべきだ、と言っていますが、それはどういう仮説に基づいているのでしょうか。(厳密にいうと「第二言語」とはその言語がその社会でコミュニケーション手段として使われている言語で、アメリカに住む日本人が学ぶ英語や、日本で生活する外国人が学ぶ日本語にあたり、日本で勉強する英語や外国で勉強されている日本語は「外国語」と呼ばれますが、特に下記に記す「第二言語習得論」ではあまり区別をしていません。)

アメリカの言語学者、スティーヴン・クラッシェン(Stephen Krashen, 1941年 2021年現在80歳)は、今も南カリフォルニア大学の名誉教授です 。これまで第二言語習得理論や、バイリンガル教育、神経言語学、読書教育論などの多くの仮説を提唱してきました。

クラッシェン氏は、1970~1980年代にかけて、まとめて「Monitor Model(モニターモデル)」と呼ばれる第二言語習得に関する5つの有名な仮説を打ち出しました。

(1) 習得―学習仮説(The Acquisition – Learning Hypothesis)
(2) 自然順序性仮説(The Natural Order Hypothesis)
(3) モニター仮説(The Monitor Hypothesis)
(4) 入力仮説(The Input Hypothesis)
(5) 情意フィルター仮説(The Affective Filter Hypothesis)

先日のブログに1950年代、チョムスキーが普遍文法理論 で革命を起こしたと書きましたが、そのチョムスキーは「言語能力(linguistic competence)」そのものに焦点をあてており、「言語運用(linguistic performance)」をあまり対象としていませんでした。
クラッシェンはその「言語運用」に焦点をあて、どうやったら「言語能力」を「言語運用」に生かすことができるかを、言語運用から教室指導まで幅広く研究し、ナチュラル・アプローチという新しい教授法にまで発展させました。彼のモニターモデルは、上記の5つの仮説がセットで基盤になっています。以下にそれぞれの仮説を見ていきましょう。

(1) 習得―学習仮説(The Acquisition – Learning Hypothesis)

クラッシェンは習得(Acquisition)は無意識な言語習得過程であり、赤ちゃんが言葉を覚えていく第一言語習得の過程と基本的に同じであるとしています。逆に彼によると、学習(Learning)は意識的な過程であり、言語についての知識を身に着けるプロセスであるとしています。

習得と学習って違うの?と思うかもしれません(少なくとも私は「どっちも同じじゃないの?」と思いました。)。日本語同士が似ているのでとまどうかもしれませんが、英語のまま「習得」を”Acquisition”と「学習」を”Learning”として、あるいは「習得」は「獲得」として読んだほうが分かりやすいかもしれません。

クラッシェンの“Principles and Practice in Second Language Acquisition” Stephen D Krashen University of Southern Californiaでも彼は習得と学習をそれぞれを以下のように全く別物として説明しています。

習得(Acquisition)は潜在意識のプロセスです。言語習得者は通常、言語を習得している事に気づいておらず、コミュニケーションにその言語を使用している、という事にしか気づいていません。言語習得の成果、つまり習得した能力も潜在意識です。私たちは通常、習得した言語の規則を意識的に認識していません。その代わり、私たちは正しさに対する「感覚」を持ちます。どんな規則に違反したかを意識的に知らなくても、文法的に正しい文は「正しく」聞こえ、「正しく」感じますが、正しくない文には間違っていると感じます。言語取得方法には、暗示的学習(implicit learning)、非公式学習(informal learning)、やナチュラル・ラーニングなどがあります。単純に表せば、言語習得とは言語を「pick-up(勉強するのではなく自然と覚える言語)する」ことです。

第二言語習得方法の二つ目は、学習(Learning)によるものです。言語学習とは、ここでは第二言語についての意識的な知識、言語規則の知識や認識などについて学ぶことです。単純に表せば、言語学習とはある言語について「知る」ことであり、「文法」や「規則」です。ある言語の形式的な知識(formal knowledge)、明示的学習(explicit learning)と同じです。

つまり習得(Acquisition)は私たち日本人が日本語を覚えていくようなプロセスで、学習(Learning)は学校で文法などを勉強するようなプロセスです。クラッシェンは第二言語においても習得(Acquisition)は可能としていますが、習得と学習は互いに独立した過程であり、学習が習得に代わることはないとも述べています。(ノン・インターフェイスの立場)

つまり、言語の習得は数学や社会などとは違って、勉強すればできるものではなく、無意識レベルのプロセスであり、その習得には以下(4)に述べるような「理解可能なインプット」を施していくことが重要だと説きます。

勉強したからって・・


ペラペラしゃべれるわけではない。

(2) 自然順序性仮説(The Natural Order Hypothesis)
文法構造は大人でも子供でも、どの言語であっても、たとえ教室で教えられる順番が違っていても、習得には一定の順序がある、という仮説です。

アメリカの心理学者、ブラウン(Roger Brown)は、1970年代初め、別々の地域に住む3人の子供が第一言語として英語を習得する様子を分析し、子供の言語習得方法には、特定の文法形態素または機能語から始まる、一定の順序があることを発見しました。たとえば「進行形語尾-ing ( “He is playing baseball”)」と「複数形/s/(”two dogs”)」は最初に習得され、「3人称単数の/s/(as in “He lives in New York”)」や「所有格の/s/(“John’s hat”)」は通常その後6か月から1年後あたりで習得される、というものです。

ブラウンの結果が発表された直後、デュレイとバート(Dulay and Burt(1974、1975))は3つの地域でスペイン語母語話者の子供たちがどうやって英語を習得していくかを研究し、第二言語として英語を習得する子供たちにも、文法形態素の「自然な秩序」があることを発見しました。さらに中国語を母語とする子供の英語習得についても調べ、英語を第二言語として習得する子供たちの習得順序には、英語を第一言語として習得する子たちと比べると順序は異なるものの、共通する順序があるという結論に至りました。この結果は、その後多くの研究者によって確認されました(Kessler and Idar、1977; Fabris、1978; Makino、1980)。

さらにクラッシェンたちは、成人の被験者にも子供の第二言語習得で見られる順序と非常に似た順序を発見しました(Bailey、Madden、およびKrashen(1974))。 クラッシェン(1977)の下の表は、第二言語習得における平均的な順序を示します。

(英語の例はこちらのサイトから:Grammatical Morphemes in Order of Acquisition*Based on Brown (1973))

このような形態素順序の研究は広がりを見せました。しかし、日本人の英語習得の事例研究では、子供でも中学生でも上記のような順序は示されませんでした。もっとも大きな違いは「複数」と「冠詞」の習得が遅いことでした。これらの要素が日本語にはないからだと研究者たちは考え、第二言語習得には、母語の影響があると考えられました。

(3) モニター仮説(The Monitor Hypothesis)
先に述べたように、クラッシェンの理論では、言語の実際的な運用は「習得(Acquisition)」によるのであって、「学習(Learning)」により行うものではありません。しかし、「学習」によって学んだ文法規則などの知識は、発話や文を訂正したり変更したりするモニターとしての働きを持っていると考えます。


「習得」されたシステムによる発話を、「学習」は形式を発話前あるいは後で変更するために機能します(「主語が三人称単数だから動詞にはsをつけなくちゃ」など)。しかし、通常の流暢な発話は習得されたシステムによってしか発生しません。

しかも、モニター機能は下の条件がそろわなければ働きません。
① 時間があるとき(文法などにとらわれていると通常の会話ができなくなるし、相手の発話の意味に注意を払えません)
② 言語形式に焦点を合わせるとき(言語の意味に焦点をあてる場合はスピードも速い)
③ 言語の規則を知っているとき(とはいえ学校で教わる文法は全部の文法の一部のみ。とても優秀な学生にだって難しい)


あわてているとモニター機能も働かない。

(4) 入力仮説(The Input Hypothesis)
上記のとおり、クラッシェンの仮説では、習得(Acquisition)が中心的で、学習(Learning)は周辺的でしかありません。そのため、彼にとって教育の目標は「習得」を強化することでした。では言語はどうやって習得できるのか。彼は、自然秩序仮説が正しいなら、ある段階から次の段階にどうやって進めるのかが重要と考えました。現在の言語の習得度合が「ステージ4」なら、どうやって「ステージ5」に進むことができるのか? 「ステージi」から「ステージi + 1」に移動するために必要な条件とはなんだろう?と考えたのです。

クラッシェンは習得者が「i + 1」を含む入力(input)を「理解する」ことが必要だと考えました。つまり、「理解する」とは、習得者がメッセージの「形式」ではなく「意味」に焦点を合わせていることで、私たちの現在の能力を「少し超えた(i+1)」言語を理解したときにのみ、私たちは「習得」できるとしました。

でも、現在の能力を「少し超えて」いるのなら、そもそも理解できないのでは?しかしクラッシェンは「i+1」を理解させるためには、言語能力以上のものを使用すればいいと考えました。それは絵でもいいし、知識でもいいし、その他の教材でもいい、言語以外の情報を使えば可能だというのです。また、理解可能なだけでなく、興味を引く内容のインプットであればさらに習得は促進されると考えました

クラッシェン先生の動画があります。
中で彼はレッスン1としてドイツ語をただ読み上げ、レッスン2として身振り手振りや絵を加えて同じドイツ語を示していきます。(動画3分半くらいのところ)そうして同じ表現でも工夫をこらせば相手に伝わることを証明してみせています。

同じ動画の8分ごろにはお隣に住んでいた日本人の「イトミ」(4歳)の話も出てきます。彼女はクラッシェンの問いかけに5ヵ月間一言も返しませんでした。しかし、5ヵ月を過ぎたころから急にたくさん英語を話しだします。しかもその英語の発達具合も他の子供たちと違いがなく、1年後には近所の子供たちと問題なくコミュニケーションをとれるまでになったとか。

(*YOUTUBEは右下のsettingで字幕がつきます。言語も英語、その他を選べますので是非試していてください。)

(5) 情意フィルター仮説(The Affective Filter Hypothesis)

上の動画の後半でも話していますが、クラッシェンは感情要因が第二言語習得の成功に関連すると言っています(Krashen、1981)。その感情要因とは以下の3つです。
(1)動機。高いモチベーションを持つ人は、第二言語習得で良い成績を収めます。
(2)自信。自信があり、自己イメージが良い人は、第二言語習得がうまくいきます。
(3)不安。不安がなければ、第二言語習得がうまくいきます。

感情の影響(情意フィルター)は、言語獲得装置(LAD)(チョムスキーで出てきましたね)の手前にあり、インプットが言語獲得装置に入る前に妨害または促進するように作用します。

不安はゼロに近ければ近いほどよく、そのため発話などに間違いがあってもむやみに訂正をしないいほうがいいとクラッシェンは考えました。

インプット仮説と情意フィルター仮説によれば、良い語学教師は、理解可能な(かつ面白い)インプットを提供しつつ、学習者の不安も和らげられる人です。また、スピーキングやライティングよりリスニングとリーディングのほうが重要だとされています。

よく本を読む子は良い文章を書き、ボキャブラリーも豊富になると言いますし、保育園でたくさんのお話を聞いた子は10歳時の言語能力が高いそうです。インプット仮説はこれと同じように、言語に触れることと言語能力に相関性があると考えます。つまり、学業として学ぶことより、その言語にさらされることが重要となります。

現在日本の小学校でも英語は必須になりました。私の子供(小学生)も文法こそ学ばなくても「Head and shoulders, knees and toes, knees and toes Head and shoulders♪」と歌いながら踊っていたり、「Hello, how are you?」など学校で教えてもらった英語を披露したりしています。歌ったり踊りながら英語を習得していくこの方法は、アメリカの心理学者アッシャー(Asher, J. James)により提唱された「全身反応教授法Total Physical Response(TPR)」によるものですが、これもクラッシェンの提唱したナチュラル・アプローチの流れを汲んでいます。

最後に。
多くの研究者たちに受け入れられたクラッシェンの理論ですが、やはり批判もありました。
①「習得」と「学習」の区別が非科学的。
②「学習」にはモニター機能があるというが、「習得」された知識だってモニターになれる。
③「i+1」があいまい。
また、カナダ人の女性応用言語学者、スウェイン(M.Swein)はインプットだけでなく、アウトプットも重要だと主張しました。

でもこうして今日本で英語教育が盛んで、小学校にもたくさんのネイティブ教師、いわゆるALT(外国語指導助手)が配置されている状況の背景には、このクラッシェンのモニター・モデルの存在があるような気がします。インプットだけで英語がペラペラに話せるなら、SNSやYOUTUBEなどでいつでも英語を聞ける現在は以前より簡単になってきそうなものですが、実際はどうなんでしょうね。(鍋田)

参考:

English Hub(イングリッシュハブ)
クラッシェンが唱えた第二言語習得5つの仮説「モニターモデル」とは?

英語のサイト
What Is Comprehensible Input and Why Does It Matter for Language Learning?

参考資料:第二言語習得論 迫田久美子 アルク


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