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<めざせ語学マスター>言語は12歳までに習うべき!? 臨界期仮説について

2021年9月21日

やれテストだ、受験だ、と私たちは英語を勉強してきました。大学に入ってからも第2外国語としてフランス語、ドイツ語、中国語などの外国語を多くの人が学んだと思います。特に意識が高い方は「ネイティブのように話したい!」と思ってさらに語学学校に通ったり、留学したりと切磋琢磨されてきたことでしょう。私もそのうちの一人で、20歳でフランスへ留学したときも、バスの中で隣の学生が話していたことを口の中で繰り返したり、ホームステイ先の子供たちとの会話に参加できるように頑張ったりしました。

しかし、そんなネイティブのように話したい、と勉強している人にはショッキングな仮説があります。「言語の獲得には年齢限界がある」と提唱したエリック・レネバーグの「臨界期仮説(Critical Period Hypothesis)」(1967)です。人間は,乳児期から思春期(11~12歳)までの成熟期間を過ぎると,母語話者並みの言語を獲得できなくなるという年齢限界説です。

ああ、もう大学に入ってから勉強したんでは、すでに遅かったんじゃないか、時間を返してほしい、小二の時の父親の転勤先はどうして大阪からパリじゃなくて大阪から栃木だったのか。私はせいぜい覚えても栃木弁くらいじゃないか・・・!と、呪っても時すでに遅し。私はフランス語をネイティブのようには獲得できないのです・・。

しかしそもそも、言語学者たちは第一言語(L1:いわゆる母語)と第二言語(L2)をかなりはっきり区別します。一番大きな違いは、すでに習得している言語があるかないか、ということです。第二言語はその習得時に、すでに第一言語が(頭の中に)存在しています。また、第一言語には教室指導はなく、ある程度の年齢になればだれでも自由に話します。でも第二言語は教室指導が必要になるなど、ネイティブ並みに習得するには、かなりの努力が必要です。

事実、2つの言語を全く同等に扱えるバイリンガルも存在しますし、そのバイリンガルについての研究も多くされています。次回以降のブログでそのバイリンガリズムについて調べようと思いますが、今回はレネバーグの臨界期仮説に注目します。

(写真:アメリカ言語学会より)
レネバーグ(Eric Heinz Lenneberg )(1921年– 1975年)は、言語習得と認知心理学を調べが言語学者および神経学者です。ドイツのデュッセルドルフで生まれたユダヤ人でしたが、ナチスの迫害が高まったため、家族とともにブラジルに、次いでアメリカに移住し、そこで心理学と神経生物学の教授になりました。

レネバーグは「言語の生物学的基礎(Biological Foundations of Language)(1964)」で、言語回復の程度は脳機能の一側化(lateralization)に対応しているとし、一側化後に脳を損傷した場合、母語を完全に回復することはないと考えました。彼の研究は、第二言語習得についてではなく、第一言語(母語)の習得についての臨界期を調べるもので、日本語でいうなら、日本人が日本語をきちんと習得できるのはいつまでか、ということです。

そもそも日本人なら誰でもペラペラに日本語を話しているのに、どうやってそんな研究ができるのか、と思うかもしれません。彼は脳損傷で失語症になった患者の回復する経過を調べることでその理論にたどりつきました。

では失語症とは何でしょうか。
国立研究開発法人国立循環器病研究センターのサイトでは下のように書かれています。

失語症とは
大脳(たいていの人は左脳)には、言葉を受け持っている「言語領域」という部分があります。失語症は、脳梗塞や脳出血など脳卒中や、けがなどによって、この「言語領域」が傷ついたため、言葉がうまく使えなくなる状態をいいます。

余談ですが、私が初めて(ボランティア)通訳をしたのは日本で開催された失語症全国大会でのフランス人ゲストの通訳でした。失語症は英語ではaphasia、フランス語ではaphasieと言います。私はその仕事をするときまで失語症について知りませんでしたが、ご一緒したフランス人男性が脳卒中のあと言葉が出てこなくて苦しいと聞き、病気の大変さにとても驚きました。

レネバーグは言語回復のプロセスを5つのレベルにわけています。
20か月までの乳児:機能的な違いのない同一の半球を持っています。
36か月までの幼児:右半球または左半球のどちらかに偏りがちだが言語を別の半球に切り替えることは簡単。
10歳までの子供:右半球で言語機能を再活性化することができます。
思春期早発症(最長14年):等電位性は急速に低下し、その後は完全に失われます。

彼は、損傷された左半球の代わりに右半球が言語をつかさどることを言語機能の「創造(creation)」ではなく、「再活性化(reactivation)」としました。最初こそ言語の機能は両方の半球にあるが、後で(部分的に)右半球から消えることを示したのです。またこのことから、人間が言語を理解し、表出する能力は最初左右両半球に関係しているが、時間がたつと左半球に偏ってしまう(一側化:lateralization)ということ、言語を学習できる限界はこの一側化のおこる前、10歳前後だろうと考えました。

彼のこの理論はその後多くの研究者によって調べられました。
第一言語の獲得について調べる研究者の中には、その臨界期を過ぎるまで第一言語、いわゆる母語をきちんと習得できなかったケースについても調べた人たちもいました。

中でも、13歳まで部屋に監禁されて育ったアメリカの少女、ジーニーの話は強烈です。彼女の父親は彼女が生後約20ヶ月のとき、鍵のかかった部屋に閉じ込めました。その後も彼女はトイレに縛り付けられたり、腕と脚を固定したままベビーベッドに拘束されたりし、誰とも話せないまま過ごしました。1970年、13歳7か月の彼女はひどい栄養失調のままの状態でロサンゼルス郡に保護されました。発見されたとき彼女は歩くことも話すことも出来ませんでした。彼女の存在は、心理学者、言語学者、科学者の注目を集め、言語学者はジーニーに言語習得スキルを提供するとともに研究対象ともしました。彼女は精神的、心理的に大きな進歩を遂げ、救出から数ヶ月以内に非言語的コミュニケーションスキルや社会的スキルを学びましたが、何年たっても完全な第一言語(母語)を習得するには至りませんでした。

また、「子ども学」(Child Science)研究所CRNのサイトの虐待・隔絶児と言葉の発達;養育不全と心の発達障害には、ジーニー以外にもやはり父親によって1歳半から地下室に監禁され虐待を受け、1967年に7歳で発見保護されたチェコスロバキアの一卵性双生児の事例が記載されています。彼らは救出された後、目覚ましい発達を遂げ、他の人と変わらないまでに成長したそうです。これは激しい虐待状態における発達遅滞があってもその後、良い環境に移されると子どもは急速に再発達できるということ、つまり臨界期以前なら習得は可能というレネバーグの説を裏付けました。

参考   Wikipedia ジーニー (隔離児)
Genie Wiley, the Feral Child(英語サイト)

また、Johnson&Newport(1989)は,第二言語における臨界期について研究しました。彼らは,アメリカ合衆国に住む韓国・朝鮮語もしくは中国語を母語とする46人の被験者を対象に彼等の英語能力を調査しました。彼らの英語の聴解能力hearingは,3~7歳に渡米した人は母語話者並み,11~12歳を過ぎて渡米した人は成績が低くなり,思春期を過ぎて渡米した人びとは複数形と冠詞の習得が困難でした。この結果から、第1言語(母語),第2言語の両方において成熟過程(年齢)が影響をもち,言語学習能力は乳幼児期から思春期にかけてピークとなり,後は減衰していくことがわかりました。つまり、第二言語についても臨界期の存在が裏づけられたのです。

つまり・・。
どうやら私の「RとLが聞き分けられない」というのは、脳の一側化という現象から発生しているようです。臨界期が50歳とか60歳なら希望を持てますが、思春期で終わってるんならもう諦めるしかないかもしれません。

とはいえ、結構通訳・翻訳業界では、別に帰国子女でもなく、ご両親のどちらかが外国語の母語話者というわけでもなくても、大学から外国語を勉強して通訳になっている人も多く活躍しています。彼らはどういう努力をして脳の一側化を飛び越えているんでしょうか。まだまだこの分野は研究のしがいがありそうです。

現在の小学校での英語教育はこの臨界期仮説も参考にしているようで、文部科学省のサイトにもレネバーグもニューポートも名前があげられています。
資料3-2 言語獲得/学習の臨界期に関する補足メモ
英語教育は中学生からでは手遅れだ、と平成になって指導方法が変わったんでしょうか。

さて、上に記載したジーニーは1957年生まれなので現在60代。「ジーニー」はプライバシー保護のための仮名だそうです。Genieは(イスラム神話の)精霊、妖精、 魔神、 魔人で、アラジンのジニーと同じです。当時の論争や研究に巻き込まれてしまったようにも思える彼女、今は穏やかな生活を送っていてほしいと心から願います。

参考資料

Critical Period Hypothesis on Language Acquisition 言語習得 の臨界期 について 
Lenneberg’s Critical Period Hypothesis
アメリカ言語学会 A 50th anniversary tribute to Eric H. Lenneberg’s Biological Foundations of Language
コトバンク 言語獲得の臨界期仮説
アルク 第二言語習得論


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