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<めざせ語学マスター>未来の翻訳者養成をEMTに見る

2022年7月24日

前回のブログではフランスの大学院、ESITの翻訳部門に入学するための条件などについてみてみました。今日はそんなESITもメンバーになっているヨーロッパの高等教育機関のパートナーシッププログラムとフレームワークについて見てみようと思います。

ヨーロッパ翻訳修士課程(European Master’s in Translation:EMT)は欧州委員会と、翻訳プログラムがある高等教育機関(修士レベル)間のパートナーシップ・プロジェクトです。

このパートナーシップでは、EUの高等教育機関で翻訳者を目指す学生の基本的な能力を定義し、彼らの能力を向上させることで長期的にはEUにおける翻訳業全体の地位を高めることを目指しています。プロジェクトの中核となるのが、専門家によって作成されたEMTコンピテンスフレームワークで、翻訳者が今日の市場で活躍するための基本能力を示しています。EU圏外でも、このフレームワークをモデルとしてプログラムを設計する大学が増えているようです。

メンバーの大学には、フランスでは先日のブログで紹介したパリ第3大学(ESIT)を含むフランス他、ベルギー、ブルガリア、チェコ、ドイツ、エストニア、アイルランド、ギリシャ、スペイン、イタリア、ラトビア、リトアニア、ハンガリー、マルタ、オランダ、オーストリア、ポーランド、ポルトガル、ルーマニア、スロベニア、スロバキア、フィンランド、スウェーデン、レバノン、イギリスの大学がリストに記載されています。
(https://ec.europa.eu/info/resources-partners/european-masters-translation-emt/list-emt-members-2019-2024_en)

EMTメンバーは定期的に会議を開催し、意見交換や、カリキュラムや教育方法の革新などについて協力し合います。また、例えば、ツールや技術、研修生制度、雇用者の期待などの最新の動向を把握するため、言語業界と密接な協力関係を築いています。学術界と産業界の対話も、EMT理事会と言語産業理事会により進められています。

EMTは2009年1月に「翻訳者と翻訳能力のためのフレームワーク」を発表しました。
このフレームワークは、現在ではEU圏内だけでなく、世界中の学術界や言語産業界において翻訳者養成や翻訳能力についての主な参照基準になっています。ただ、翻訳業界や欧州の大学の変化にあわせて、この枠組みも見直す必要が出てきました。

しかし技術革新が進み、フレームワークが発表されて以来、翻訳業界に大きな変化が起こりました。国際共通語としての英語需要の高まり、AI技術やSNSなどの発展により、コミュニケーションや翻訳方法も大きく変わりました。機械翻訳はデスクトップでもモバイルでも簡単に利用することが出来るようになりました。

このような変化の中、技術的・社会的変化を学生の養成プログラムに取り入れるため、2016年10月、ETM理事会は新しい枠組み、European Master’s in Translation(ヨーロッパ翻訳修士号) を発表しました。将来の卒業生が市場の課題や機械を理解し、修士課程卒業後に役立つ市場に応じた技術をもてるように計画する必要があったのです。

フレームワークでは、翻訳者に必要な「能力(competence)」について、5つの主要な領域(area)を定義しています。またそれぞれに記述されるスキルについては領域間で重複しているものもありますが、どれも翻訳サービスを提供する上で必要なスキルです。

領域1 LANGUAGE AND CULTURE (言語と文化)
領域2 TRANSLATION (翻訳)
領域3 TECHNOLOGY (技術)
領域4 PERSONAL AND INTERPERSONAL(個人と対人)
領域5 SERVICE PROVISION (サービス提供)

以下それぞれの領域で述べられている能力を見ていきます。

領域1:言語と文化(LANGUAGE AND CULTURE)

言語的、社会言語的、文化的、比較文化的な言語能力で、翻訳能力の基礎となる総合的、専門的な能力のことです。EMTでは、受験生は少なくとも2つの実務用の言語(working language)でCEFRレベルC1以上(英検なら1級以上:“CEFR(ヨーロッパ言語共通参照枠)って何?”参照)、または同等のハイレベルな言語能力が、翻訳修士号コース入学の前提条件であるとしています。

一般に、主なターゲット言語(翻訳後の言語)を言語A、主なソース言語(翻訳前の言語)を言語B、その他の言語をC、Dなどと表記します(ヨーロッパの通訳事情翻訳事情参照)。EMTは、翻訳者の主なターゲット言語がCEFRのレベルC2(CEFRの最高レベル)、あるいはネイティブかバイリンガルの能力を有することとしています。つまり、母語レベルの言語に訳す、というのが基本です。ただし、国により言語の事情も違うので、ヨーロッパ全体で一概に同じ言語数、言語レベルが求められているわけではありません。

領域2 翻訳(TRANSLATION)

本フレームワークの中心ともなる翻訳能力は、二言語間の意味伝達だけではなく、文書の分析から最終的な品質管理手続きまで、翻訳前、翻訳中、翻訳後に渡る以下のような全ての戦略的、方法論的、テーマ別能力を含みます。(*各項目の原文はSTUDENTS KNOW HOW TO…となっていますがここでは「力」としました。)

1 原文を分析し、テキストや認知上の課題を特定、コミュニケーション上のニーズに沿って文章を再構築できる力、そのために必要な戦略やリソースを判断する力
2 目標言語の書き言葉や話し言葉を使って、要約、言い換え、再構築、翻案、短縮を早く、正確に行う力
3 翻訳ニーズに対して情報源の妥当性と信頼性を評価する力
4 翻訳ニーズに対してテーマおよび分野別に固有の知識を獲得、発展、使用する力(概念のシステム、推論方法、表現基準、専門用語と文章化、専門的な情報源などの習得)
5 特定の翻訳に関連する指示、スタイルガイド、または慣例に従って翻訳する力
6 ソース言語から、一般的及び専門的資料を「目的に沿って」ターゲット言語に翻訳をする力
7 適切なツールや技術を使って、さまざまな記録メディアの文章を翻訳する力
8 公共サービスの翻訳・通訳、Webサイトやビデオゲームのローカライズ、ビデオ解説、コミュニティ管理など、異文化間コンテキストで翻訳・調整を行える力
9 特定の状況、相手、制約を考慮しつつ、使用言語(Working language)で、目的にあったテキストを作成する力
10 メタ言語(対象言語を説明する言語)を使用し、理論的アプローチを適用して、自らの翻訳方法や選択肢を分析、証明する力
11 規格または特定の品質目標に従い,自分の仕事や他人の仕事をチェック,見直し,および修正する力
12 適切なツールや技術を用いて品質管理方法を理解、実施する力
13 機械翻訳(MT)の品質向上のため、適切なプリ・エディット(前編集)技術を使う力(*)
14 求められる品質および生産性に従って、適切な技術で機械翻訳(MT)にポストエディットを施す力及びデータの所有権とデータセキュリティの重要性を認識する力

(*)通常のプリ・エディットの例:例えば主語が省略されがちな日本語原稿に予め主語を追加する、長文を短い文章に分ける、改行の位置の確認、などが挙げられます。

領域3 技術(TECHNOLOGY)

技術とは、現在および未来の翻訳技術を翻訳業務に取り入れるための知識とスキルのことで、機械翻訳(MT)の基本的な知識や、ニーズに応じたMTを使える能力のことを指します。

15 オフィスソフトを含む最適なITアプリケーションを使える力。また、新しいツールやITリソースに迅速に対応する力
16 検索エンジン、コーパスツール、テキスト分析ツールやCATツールをうまく使う力
17 動画やマルチメディアファイルなどのファイルやその他メディア/ソースを前処理、処理、管理する力と、ウェブテクノロジーを駆使する力
18 機械翻訳(MT)の基礎と翻訳への効果を把握する力
19 翻訳フローにおける機械翻訳(MT)の妥当性を評価し、適切に導入する力
20 業務フロー管理ソフトなど、言語・翻訳技術をサポートするツールを使う力

領域4 個人と対人(PERSONAL AND INTERPERSONAL)
しばしば「ソフトスキル」と呼ばれる、卒業生の適応性や雇用適性を高めるスキルを指します。

21 時間、ストレス、仕事量を計画し管理する力
22 納期、指示、仕様を遵守する力
23 バーチャル環境、多文化あるいは多言語環境で最新のコミュニケーション技術を適切に使って共同作業をする力
24 業務目的のため責任を持ってソーシャルメディアを利用する力
25 職場環境の組織的・物理的人間工学を応用する力
26 個人戦略や協調学習を通じて、能力や知識の自己評価、アップデート、向上を継続して行う力

領域5 サービス提供(SERVICE PROVISION)
顧客意識、顧客との交渉からプロジェクト管理、品質保証に至るまで、翻訳および言語サービスの実施に関わるすべてのスキルを指します。

27 社会言語産業の新しい需要、新しい市場要件、新しい業務形態をモニターする力
28 文書および口頭でのコミュニケーション技術を用いて将来のマーケティング戦略をたて、既存顧客にアプローチ、新規顧客を開拓する力
29 クライアント、言語サービスの受け手、その他のステークホルダーの要求、目的、目標を明確にし、その要求にあった適切なサービスを提供する力
30 納期、料金/請求書、労働条件、情報へのアクセス、契約、権利、責任、言語サービス仕様、入札仕様などをクライアントと交渉する力
31 翻訳者や他のサービスプロバイダーが関わる翻訳プロジェクトの企画、予算、管理をする力
32 語学サービスを提供する際に適用される規格を理解し、実行する力
33 特定の品質基準クリアに必要な、品質管理および品質保証手順を適用する力
34 プロの倫理規範や基準(機密保持、公正な競争など)を遵守し、ソーシャルメディアや職業団体を通じて他の翻訳者や言語プロバイダーとネットワークを構築する力
35 言語サービスやポリシーを分析・検討し、改善策を提案する力

・・・こう並べてみると、35項目はさすがに多いですね。全て出来たら即日翻訳者、あるいは翻訳のプロマネになれそうです。でもよく見ると、実は日本の翻訳会社がコツコツOJTで社員教育していることとほぼ同じ内容のようにも見えます。新しいCAT(翻訳支援)ツールが発表されたら使ってみる、色んな機械翻訳を試してみる、様々な原稿の分析が出来るようになる、お客と事前に金額や納期、仕様を相談して決める、新聞を読んでプロジェクトや顧客動向を探ったり、ISO規格を勉強したり、動画翻訳などの新規依頼に対応したりする・・など、日本では各社がある意味手探りで行っていることに似ているなと感じます。ただ、これらの内容が、主にヨーロッパで系統をたててしっかり大学院の高等教育に生かされているというのは驚きです。さすがCEFRなど、言語について深く考えてきた歴史があるなと感じます。

また、早くから機械翻訳の取入れが検討されていたことも分かります。EMTが改訂されたのが2016年ですが、google翻訳がニューラルネットに基づく機械翻訳 (Neural Machine Translation) を導入したのもこの年です。EMTを見直すときにはすでにAI翻訳の未来も見据えていたのでしょう。

相対的にヨーロッパでは翻訳料金も通訳料金も日本より高く、時々日本から金額交渉をお願いしても安すぎると断られることがあります。翻訳・通訳業界自体が専門家集団として認められているだけでなく、業界全体も底上げをする努力をしているようです。日本の小さな民間翻訳会社としては、そのような大学と産業界の強い協力体制は羨ましい限りです。(鍋)

*working language :日本ではあまり聞きなれない言葉です。翻訳や通訳でいえば実際に業務で使用するソース言語やターゲット言語になりますが、一般的にはマルチナショナルな環境で実務で使う言語のことを指します。例えば国連の公用語(official languguage)は6言語(アラビア語、中国語、英語、フランス語、ロシア語、スペイン語)ですが、各委員会などでは参加する国などによりフランス語がつかわれたり、アラビア語がつかわれたりしており、それらの言語はworking langugaeと呼ばれています。
参考:
国連の公用語
国際機関における語学能力基準について 横山和子

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