<めざせ語学マスター>日本人は受身文が好き?(ヴォイス)

2022年11月17日

日本人は受け身が好き?
ヴォイスについて

日本語のレポートには「維持管理機材が整備された」や、「感染症対策が強化された」などの受身文が多く見られます。英語でこれらすべてを受身文にすることも難しく、翻訳者は「主語は誰?」と悩むことになります。しかし調査レポートなどでは「we」などの主語はあまりなじまず、抽象的な主語を使ったり、あえて直訳調にしたりして主語をごまかす必要もあります。なぜなら、日本語の主語は「当然わかる」というものもあれば、あえてはっきり示さない場合があるからです。それを自然な流れに訳せるかというのも翻訳者の力量です。

このように日本語は主語をはっきりさせたくないときに受身文を選ぶことがあります。でももちろん外国語でも同じ目的で受身文を使う場合もあります。文章が受身文か、能動文か、という観点は、日本語教育を学習するときには「ヴォイス」という項目に出てきます。ヴォイス(VOICE)とは、普段英語で習うところは「声」のことですが、ここでは動詞の「受動態(受身文): passive voice」や「能動態(能動文): active voice」などの「態」にあたります。

日本語の受身文の作り方と英語の受身文の作り方
英語の能動文は典型的な語順では主語を最初におきます。主語は動詞の実行者(doer) または動作主(agent)と呼ばれます。受身文では、動作がなされた人や物が主語になります。実行者や動作主は省略されたり、byを使って前置詞句に置かれたりします。
つまり、英語の場合、受身文を作る方法は
① 動詞を活用させ
② be動詞を付加
③ 語順を変えて
④ byを付加する
がそのルールです。

英語の受身文も、文節の焦点を変更したいときか、動詞の実行者は重要でない、あるいはわからない場合やだれかを言及したくないときに使います。

英語が語順を変化させるのに対して、日本語は語順をかえなくても能動文を受身文に変更できるところが特徴です。

日本語は
① 格助詞を変えて
② 動詞を活用させて
③ 助動詞を付加すれば受身形が作れます。語順に対する制約は英語のようにはありません。

直接受身(direct passive) と持ち主の受身(possessive passive)と間接受身文(indirect passive)
上記のように「出版する」→「出版される」、「設計する」→「設計された」のような明らかに能動文の文章から受身が作られた、あるいは能動文をすぐに作れるような受身の文章は直接受身と言われます。一方、英語にはなく、日本語に特徴的な受身として、持ち主の受身(身体部分+身体以外)間接受身があります。(持ち主の受身も間接受身に含める場合もあります。)

下の二つの文章を比べてみてください。

受身文 :ママにお尻を叩かれた。
能動文 : ママが僕のお尻を叩いた。
受身文 : 獅子舞に頭を噛まれた。
能動文 : 獅子舞が私の頭を噛んだ。

この二つの受身文では主語の「僕」や「私」が消えています。残っているのは「僕のお尻」のうちの「お尻」と「私の頭」のうちの「頭」です。主役の「僕」と「私」は消えてしまいました。これが「持ち主の受身(身体部分)」です。また、この主役が消える現象は、身体でなくても起こります。

受身文 : 自転車が盗まれた
能動文 : 泥棒が私の自転車を盗んだ。
受身文 : バッグが盗まれた。
能動文 :  泥棒が私のバッグを盗んだ。

主役の私はいなくなり、自転車やバッグが残ります。ですがこの受身文だけで主役は「私」なんだな、と分かります。これが持ち主の受身(身体以外)です。

ではもう一つの間接受身とはなんでしょうか。
下の例を読んでください。

能動文 :  雨が降る。 受身文 : 雨に降られた。

ここでは、「私」は雨の持ち主でもないのに受身文になっています。
この受身文では、能動文には含まれない「私」が主語になっています。元の能動文に含まれない第三者が影響を被るのが間接受身文です。受身文が主役の迷惑だなと思う感情を表しているので「はた迷惑の受身」とも言います。(同じ迷惑そうでも「私は彼にぶたれた。」などの文は「彼が私をぶつ。」という能動文が成立するので直接受身です。)

この間接受身は、ポジティブな内容も暗くしてしまう効果があるので要注意です。例えば「先生に教えられた」とか、「お医者さんに治された」なども、聞いた人によっては「実は教えてもらいたくなかったのかな」「治されたくなかったのかな」と思ってしまうわけです。
ただしこの迷惑感は、無生物が明らかに主語の場合はなくなります。
「扉は開かれた。」
「窓が開けられた。」
つまり迷惑感が出るのは
「扉を開かれた。」
「窓を開けられた。」
など、主語が私(や私たち)である時です。

日本語の受身文は使い方がかなり難しくて微妙なことがわかります。一歩間違うと出てしまう「迷惑感」は気を付けないといけません。冒頭の「維持管理機材が整備された。」や「感染症対策が強化された。」も「維持管理機材を整備された。」や「感染症対策を強化された。」としたら、助詞を一つ変えただけなのに突然迷惑そうな「私」や「私たち」が文章からわきあがります。もしこれが原稿なら翻訳もガラリと変えなければなりません。

日本語の文章はタヌキみたい?

最後に、ヴォイスとは文章の視点が移動することなので、能動文VS受身文、だけでなく、能動文VS使役文(彼が窓を開けた。/私は彼に窓を開けさせた。)や、「貸すVS借りる」や「あげるVSもらう」などの動詞のみの対立も視点を変えるという意味でヴォイスの一種になります。(鍋)

 

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